嘆きの歌

  • 2018.09.17 Monday
  • 20:05

 主人公の「私」はナイジェリア出身の精神科医、マンハッタンの街を散歩する。

 学生時代の恩師を訪ねる。「戦時中は詩をたくさん暗記したよ。……教授は過去の思い出に

浸ることで病の日常から逃れ、毛布のかたまりや尿の入った袋から逃れた」。

 フライトで隣り合った年配女性もいつしか「記憶の奥深くに潜り話し続けた。少女だった

日々のことを、戦時中は辛いことばかりだったことを、レオポルド三世が食糧配給の改善を

求めてヒトラーと交渉したことを」。

 過去を語りかけてくるのは、人ばかりでなく街もまた、同じだった。

 タワーレコードの前を通ると、張り紙がしてあった。すべての業務を打ち切る、という。

ブロックバスターもやはり閉店を決めていた。「個性を欠いたこれらの大企業に同情など

感じなかった。なにしろ彼らは、元々地元に根付いていた小さな店を潰すことで収益を生み、

名を上げてきたのだから。……数年前まで堅調そうだったビジネスが、数週間かと思える

わずかなうちに姿を消すのだ。彼らが担っていた役割すべては別の者に渡される。

その者たちは束の間、安泰な気でいるだろうが、時が来れば予想だにしなかった変化に

屈するのだ」。

 そんな折、「私」は祖母の足跡をたどって冬のブリュッセルを旅する。「それらは劇場であり、

オランダ、ドイツ、イギリス、フランスがまさに交差する地点で、ヨーロッパの運命を決める

死闘が演じられた。しかしブリュッヘもヘントもブリュッセルも爆撃を受けなかった。言うまでも

なく、降伏し、侵略してきた軍と交渉したことで街は生き残ったのだ。仮にもし、ブリュッセルの

統治者が無防備都市(オープン・シティ)を宣言せず、そして第二次大戦中に街を砲撃から

護らなかったとしたら、ブリュッセルは破壊され瓦礫と化していたかもしれない」。

 そして現代、戦争をくぐり抜けたその街並みに排斥の風が吹き荒れていた。

 

 音楽とて歴史を伝える、あるいは、空を舞う鳥たちですらも。

 そんな時の流れを透かし眼差すカメラのような存在として「私」を設定するならば、

この小説は香り高く成り立っていたかもしれない。フランシス・フクヤマの言う「歴史の

終わり」にあって、果てなき反復構造を生きる他ない「私」の無時間性を時間を通じて

描き出す、というのならば、話の辻褄は合っている。あるいは逆に、現代の風景への

コミットメントを通じて、無時間的ではいられない自身に気づく、変わりゆく世界の途上に

立っていることに気づく、という成長物語の典型図式もあり得ただろう。

 しかし、本書はそうしたスタンスを示すでもなく、結果、全体を通じて何が表現されて

いたのかが杳として掴めない。

 読み返して愕然とする。書き出しと終わりが見事につながっている。ただし、それは単に

技巧のための技巧でしかなく、物語の必然として両端を結ぶ論理は何もない。歴史に名を

借りたトリビアのためのトリビアで構成された悪趣味極まるこの事態こそが象徴する、

単に本書がオールド・スクールの教養主義的産物に他ならないことを。

かつてそこにあった

  • 2018.08.31 Friday
  • 21:17

「ハマのメリーさん・白いメリーさん、横浜・神奈川で生まれ育った、あるいは住んでいる

人ならば名前だけは聞いたことがあるのではないだろうか。

 実際に見た人も少なくない。聞くと、その証言のほとんどが『背骨の曲がった白塗りの

お婆さん』『伊勢佐木町にいるけどフランス人形だと思った』『今はああだけど、実は

華族出身らしいよ』など、表面的でつかみどころがなく、実際のメリーさん、本当のメリー

さんを知っている人はあまりいない。証言のすべてが現実感がなく、噂の延長の域を

出ない。例えていうなら、まるで横浜という街の風景を語るかのごとく、みんなが話し

始める。しかし彼女の存在自体が明らかな現実であり、風景になることなどできない。

第一、この近代として肥大化した横浜に、日本の戦後を引きずったメリーさんがいたと

いうこの事実は、痛烈な風刺以外の何物でもない。どこから来て、どこに消えたのか? 

メリーさんって本当は、何者なのか? それはわからない……。では、これから作る映画の

テーマとは? 私の興味、関心とは何なのか? それは、今までメリーさんと関わった

人たちである。それぞれが持つ自分の中のメリーさん、自身の人生の中でどういう関わりを

持ったのかを話してもらうことで、横浜という町、そこで暮らす人々を記録できないか、

残すことはできないだろうか」。

 

 カメラのフレームが収め得るのは、そこにあるものだけ。

 捉えられる限りのものはすべて捉える、そんな異質な文体の濃度に気圧される。

 メリーや周辺人物にとってのキーとなるような場所ならばともかく、通常ならば普通名詞の

モブとして処理されるようなところでさえも固有名詞が刻まれる。例えば「テレクラ」ではなく

「バレンタインコール関内店」、「葬儀場」ではなく「奉誠殿」。

 そしてその執拗さゆえにこそ、かえって中心たるメリーの不在が浮上する。かつて横浜で

カメラを構えればおそらくは写り込んだだろうメリー、そして今そこにはいないメリー。

そこにあるもののみを捉えているはずのレンズが、そこにかつてあったものを降臨させる、

純文学ならぬ純ドキュメンタリーとでも言うべきか、ドキュメンタリーの方法論的自己言及が

束の間、マジックを引き起こす。

 このテキストが編まれるまでに事実上、20年もの時が割かれた。この間にも、少なからぬ

登場人物は既に他界している。かつてカメラを前にしてメリーを語った彼らはもういない。

そしてメリーももういない。

 死にゆく人、変わりゆく街を対象化することが否応なしに気づかせる、写実なる仕方が

切り取るものとはまず何よりも時間に他ならないことを。フィルムはかつてそこにあったことを

証する存在としてそこに横たわる。

風立ちぬ

  • 2018.08.26 Sunday
  • 19:41

「あなたは死によつてのみ生きていた類ひまれな作家でした」。

 埴谷雄高は、弔辞に寄せて原民喜をこう評した。

「原は自分を、死者たちによって生かされている人間だと考えていた。そうした考えに

至ったのは、原爆を体験したからだけではない。そこには持って生まれた敏感すぎる魂、

幼い頃の家族の死、災厄の予感におののいた若い日々、そして妻との出会いと死別が

深くかかわっている。

 死の側から照らされたときに初めて、その人の生の輪郭がくっきりと浮かび上がることが

ある。原は確かにそんな人のうちのひとりだった」。

 

 その前半生は、世界との不和から彼を庇護する亡父の淡い記憶にすがる典型的な

ピーターパンとして過ぎ去った。

 大学こそ出たが、文学で食えるわけでもない、職に就くでもない、仕送りで暮らす彼に

縁談が舞い込み、そして結ばれる。「きつといいものが書けます」と夫を後押しする妻は、

ただし間もなく結核に斃れる。

 194586日、「死によつてのみ生きていた類ひまれな作家」なる表現はもうひとつの

意味を獲得する。原はその瞬間を生家の厠で迎えた。

「突然、私の頭上に一撃が加えられ、目の前に暗闇がすべり墜ちた。私は思わず

うわあと喚き、頭に手をやって立ち上がった。嵐のようなものの墜落する音のほかは

真っ暗でなにもわからない」。

 街を逃げ惑ううち、「天ノ命」を悟る。「コハ今後生キノビテ/コノ有様ヲツタエヨ」と。

「僕にはある。僕にはある。僕にはまだ嘆きがあるのだ。僕にはある。僕にはある。僕には

一つの嘆きがある。僕にはある。僕にはある。僕には無数の嘆きがある」。

 否、この日を境に、「僕」にはもはや「嘆き」しかなくなった。

 彼の代表作「夏の花」は、いかにも異様な構成を取る。物語の終わりは不意に現れる

N」なる人物に寄り添って閉じる。生死を知る術もないまま、「N」は妻を探して収容所を

さまよい歩く。「どの顔も悲惨のきわみではあったが、彼の妻の顔ではなかった」。

 その前々日に「私」が妻の墓参に出向く書き出しからして、「私」は「N」ではない。

しかし、「嘆き」は「私」をたとえば「N」に変えた。原爆は「私」をたとえば「N」に変えた。

「天ノ命」に導かれて「夏の花」をしたためた原には、もはや「嘆き」すらなくなっていた。

「透明」な存在は「ヒバリになっていつか空に行」く、それもまた「天ノ命」なのか。

 To be, or not to be, that's the problem.

 この問いに挑むことを余儀なくされた者のみが、「作家」たる資格を持つ。

襟裳岬

  • 2018.05.29 Tuesday
  • 22:43
評価:
八木澤 高明
スコラマガジン
¥ 1,944
(2015-10-23)

「青線とは非合法な売春地帯のことを言う。……私は日本各地に点在する青線を

2001年から歩きはじめた。経済活動である売春は、景気低迷のあおりを受け、

年を追うごとに青線は寂れていき、青線があると聞き訪ねてみたが、すでに駐車場や

更地となってしまっていて、痕跡のない場所も少なくなかった。この旅は、曖昧模糊と

して、記録に残っていない青線を巡るということもあり、人の情報だけが頼りで

闇の中を行灯なしで歩くようなものだった」。

 

「売春は人類にとって最古の職業」。現代の青線巡礼はその真実味を知らしめる。

 セックス産業の需要が消えるわけでもない、女がいれば営めるのだから参入障壁も

低いといえば低い。にもかかわらず、青線は朽ち落ちた。

 つまり、その街から人が消えたから、その街から金が消えたから。

 この経済原理を露わにした青線地帯が山形は東根にある。神町という。過疎化した

田園地帯には場違いの、堂々たる駅舎を構える。海軍予科練の航空基地の一部を

接収した米軍が、1947年に物流拠点として設けた建物だった。進駐を間近に地域の

警察署長は講演で説いたという。曰く、「何を話しかけられても決して口をきいては

いけない。向こうの人は、愛人以外に笑顔を見せない。下手に笑ったりすると、これは

OKの意思表示だと間違えられてひどいめに遭う」。いざ彼らが村に舞い降りた当日、

「町の中は静まり返り、人々は押し入れの中に隠れ、米兵たちが通り過ぎるのを息を

殺して待った」。そして程なく、パンパンが神町に押し寄せた。

 

「遠洋漁業華やかなりし頃、東京以北最大の歓楽街と言われていた」函館の若松町、

一発屋通りを訪ねる。小料理の看板こそ掲げてはあるが、いわゆるやり手ババアが

売春を斡旋する拠点でしかない。カレンダーに丸印が記されていた。警察の摘発が

入った日を記録したのだと言う。「お客より警察のが多いね」。

 店主の話に耳を傾けつつ、出された缶コーヒーをすする。店内をBGMが包み、

会話が止むと女性歌手の声だけが響く。「華やいだ空気の中でこの歌を聞くと、心が

落ち着いてくる歌だと思うのだが、寒々とした場末の売春街でこの歌を聞いていると、

いたたまれないような気持ちになってくる」。

「襟裳岬」だった。

 これがフィクションの挿入歌なら、あまりの捻りのなさに苦言のひとつも出るだろう。

駄作を極めたようなこの演出が、ところが一周して二周して、もはや時代から置き去りに

された末、比類なき説得力をもって迫る。

 夏草や兵どもが夢の跡。経済成長の蜃気楼としての青線なる磁場がそうさせる。

あいまいな日本の私

  • 2018.05.29 Tuesday
  • 22:38

「波瀾万丈というにふさわしい人生だが、毀誉褒貶が相半ばする評価のなかで、

生前から国民画家としての揺るぎない地位を築いていた。大観を巨匠にしたのは

どうやら国民、ということになるようだ。もう少し正確を期すならば、近代日本における

国民国家形成を背景に醸成された国民的一体性(ナショナル・アイデンティティ)で

ある。……では、それほどまでに人を惹き寄せる、大観の絵の魅力とはどこにあるの

だろうか。代表作を多数カラー掲載し、つぶさにその生涯を振り返る本書は、その

答えを見つけるまたとない好機である。……大観の生涯と作品を、同時代思想の

なかに位置づけながら、『時代』『思想』『表現』から読み解いていこうというのが

本書の狙いである」。

 

 岡倉天心というメンターとの出会いをはじめとした、大観の履歴についてはもはや

ほとんど語り尽くされていることだろう。別に本書は未知の史料発掘に基づいて、

旧来の議論を一変させるようなテキストではない。

 むしろ本書において注目せねばならない点があるとすれば、筆者の意図とは裏腹に、

「国民的一体性」の醸成の不首尾としての横山大観に違いない。

「大観は戦後も富士、旭日を描き続けた。しかもそれは膨大な数に及んでいる」。

この事態に筆者は「自己模倣の虜という暗黒面」ではなく「歴史の必然」を読み解く。

「つまり、アメリカ民主主義的な新秩序が現れた一方で、新たなる日本を支えるための

国民精神も依然として必要とされたのであり、国は破れながらも国を守る砦は元のまま

そこに在るという状況にあって、大観は積極的に富士や旭日を描いた」。

 奇しくも明治元年の水戸に生を享けた大観が富士に仮託した「国民精神」とは何か。

「美的・倫理的権威」としての天皇に他ならない。

 あるいは大観の記号体系解釈として、この議論は的を射たものなのかもしれない。

しかし、受け手である広く国民一般にそのリテラシーが横たわっていることを、戦前から

「今日にいたるまで国民的支持を受け続けている」ことを論拠としてその証明に変えて

しまうような危うい論理展開に同調するわけには到底いかない。

 その脆さは、天心と大観が構築せんと希求した「日本画」概念の対立軸としての

西洋画の伝統を参照すれば即座に理解できよう。つまり、聖書や神話のアトリビュートを

教養としてシェアできる共犯関係が、パトロナージュの文化の下、生産者と消費者の

ごく狭いサークル内で成り立っていたのがヨーロッパ絵画史であるのに対し、一足飛びに

国民を射程に教養からの「日本」構築を目指した大観は、漢詩等に広くモチーフを

求めつつも、その仕事に残念ながら頓挫する。

 そのことは筆者が先行書に従いながら、「気魄」「情熱」「愛国」「日本精神」などと

いう曖昧極まる仕方でしか語れないことによって無二の証明を得る。これらの語の使用を

規定するコンテクストを一体誰が共有できているというのだろうか、それはあたかも

「天皇」なる概念がそうあるように。

 いきおい筆者の図像解釈も、自身のテリトリーへと呼び込むことで、「国民的一体性」の

欠如を逆説的に表すことしかできない。その極北が「離見の見」なる議論に露呈する。

大観が直接に言及したわけでもない能楽論――これも例によって何の具体性もない――

を引きつつ、「能という演劇との共通性を指摘した論考は見当たらない」と嘆きを漏らす。

 筆者が自らの破綻に気づく素振りはひとつとして見えない。

PR

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM