ペラペラ

  • 2017.03.19 Sunday
  • 20:50

 本書の原題は、The Paper Trail: An Expected History of Revolutionary Invention

 

「本書で描くのは、世界のあらゆる場所で歴史を動かし、時代を変える大事件や民衆

運動の“パイプ役”を果たしてきた、なめらかでしなやかな物質の物語だ。2000年にわたり、

紙はほかに代わるもののない媒体として、政策や思想、宗教、プロパガンダ、哲学を

伝播してきた。その時代のもっとも重要な文明のなかで生まれたアイデアを、国内は

もとより他の文化圏にも伝える役割を果たしたのだ。そして、この役割が紙の未来を

決定した。通貨(数千年のあいだは土や金属でできていた)が物品やサービスのやりとりを

可能にしたように、紙が、思想や宗教の活発な往来を促したのである」。

 

 中国の官僚制は紙なくしては成り立ち得なかった? 紙が宗教のあり方を一変させて

しまった? 宗教革命や近代市民革命に火をつけたのは紙だった?

 それはそうでしょうね、と結局のところ、本書が展開するのは、紙がふと立ち現れる場面の

断章としての、果てしなく薄味の世界史。既にごまんとあるだろう「歴史」の記述が優先され、

当の「物質の物語」はどこかに置き去りにされていく。

 主題として掲げる以上は本来ならばもっとフォーカスされて然るべき、例えば製紙法の

歩みなどの説明は腰が抜けるほどに簡潔。「木が紙の原料になるのは、その数世紀後の

ことである。木のパルプで作られた紙は1802年まで現れない」なんてとんでもなく重要と

思われるトピックが紹介されるのは、布きれをリサイクルすることで紙をまかなっていた

14世紀の話題のカッコ内。印刷技術とか、図書館とか、もっと微に入り細に入り展開して

欲しくなるような紙をめぐる話がいちいちぞんざいに通り過ぎていく。

 

 原著なのか、翻訳なのか、門外漢の私が見ても首を傾げてしまうようなことばの粗も

しばしば目につく。

 例えば1世紀の中国での出来事、「植物繊維の紙をつくろうと試みた」その素材の

ラインナップの中に、中南米原産のはずの「トウモロコシのさや」や「じゃがいも」といった

名が平然と並ぶ(p.83f.)。チャトランガからの派生形、と伝えたいところは分かるけれども、

8世紀頃の中国で既に「チェス」が嗜まれていたりもする(p.176)。

 

 つまらない本ではない、だって世界史を切り抜いているんだから。

 とはいえ、そこに何か新たな視座や情報が加わっているでもなく、ことごとくがさらさらと

駆け抜けていく。「メディアの物語」それ自体が展開されていないのだから、評価となれば、

はなはだ首を傾げざるを得ない。

まつり

  • 2016.12.23 Friday
  • 19:49

「自然災害は種類によって発生などのメカニズムが異なるために、自然科学では

対象とする災害によって個別化せざるをえない。それに対して歴史学においては、

さまざまな災害を通じて人びとや社会がどのように反応したかを総合的に問うことが

できる。いわゆる『災害の社会史』といったものである。そしてさらには、災害を通じて

作り出された『生存』のシステムについて検討してみることも必要だろう。本書では、

江戸時代、徳川日本の経験を振り返ることで、そのことを考えてみようと思う」。

 

 地震、津波、飢饉、火災、洪水、噴火……年表を並べるだけで、目を覆うばかりの

災害列島、日本。しかし、ただ天命に立ち尽くすでもなく、時代の制約なりの人事、

セーフティ・ネットを持つことで今日まで生き延びる。本書が伝えるのは、260年超の

徳川治世を災害という観点から展望するもの。

 

 さながら現代的に言えば、自助、共助、公助だろうか、そんな区分の萌芽は既に

江戸にも見える、つまり、家、村、藩という仕方で。

 災害は時に行政改革の始点ともなる。17世紀半ば、岡山藩では飢饉、洪水を機に

役人の腐敗を断つ「仁政」が命じられる。

 綱吉の時代、支配力の強化を背景に幕府は「公儀」として地域への介入を深める。

かくして河川をはじめとした公共事業を募る「御手伝普請」が大名へと呼びかけられ、

他方、自力の及ばぬ大きな被害を受けた藩には「拝借金」が下賜された。

 時は下って18世紀末、それはあるいは単に幕府の破綻の産物でしかないのかも

しれない、「藩や地域が自力で災害に対処できる体制を作ることは、幕府にとっても

藩にとっても喫緊の課題になっていた。そのためには、民間の力を結集することが

不可欠であった」。とはいえ、時が下るにつれて、政治の求心力はますますしぼみ、

村は限界集落と化し、やがて下級武士や農民の怒りは、あるいはテロとでも称すべき、

大塩平八郎の乱をもって炸裂することとなる。

 

 日本戦後史、先進国の興亡史を煮詰めたかのような既視感にしばしば襲われる。

 そしてそんな最中で、同時代の災害史をまとめた杉田玄白『後見草』が紹介される。

「西洋医学の実証性に感動した玄白も、深い『絶望』感にとらわれていた。……たとえ

好いことであっても何かことがあるのは煩わしいから、むしろ何事もなく平穏なのがいい、

というのだ。人間の『知』への希望とその限界への悲観。その合間にただよう『無為』への

憧れ。時の文化人の心中を、玄白が代表してもらしているようだ」。

 やはりまた、どこか聞き覚えのあるような終末的無常観の表明。200年前の人々は既に

どこか世界の終わりを予期しつつ、ただし世界は今日も「無為」ともいかずまだ続く。

 「江戸っ子」なる気風もこの頃に生まれたらしい。「『火事と喧嘩は江戸の花』と言われ、

災害の頻発する時代。『一寸先は闇』……そんななかを精一杯生き抜く『意気地』と

ある種の『諦め』。それが『色っぽい』」。

 

 行く川の流れは絶えずして――

 

 愚者は経験に学び、知者は歴史に学ぶ。

 そんな格言の重さをじんわりと知らしめる一冊。

ユートピア

  • 2016.12.10 Saturday
  • 21:54

「江戸時代においても水資源は有限でした。そこで、水不足の年などには、同じ川から

農業用水を取水する村々の間で、水をめぐる争いが起こりました。たとえば、上流部の

村が多く取水したため、下流部の村まで水が行き渡らなくなり、下流部の村が上流部の

村に抗議するといったケースです。本書では、江戸時代に生きたわれわれの先祖たちが、

水をめぐって、一面では対立し争い、他面では協力してきた歩みを、具体的に述べて

いきます。……第一部では、江戸時代における百姓と水の関わりについてさまざまな

角度から述べていきます。本書の総論にあたる部分です。……第二部では、豊富な史料が

残されている現在の大阪府域に対象地域を絞って、そこにおける百姓と水の関わりを

具体的に述べていきます。本書の各論にあたります。村と百姓の生存をかけた営みを、

リアルに示したいと思います。また、中世から近世(江戸時代)にかけての変化や、近世から

近代にかけての変化にも目配りして、そのなかに近世を位置付けていきます」。

 

 治水、用水、交通……文字通りの死活問題を江戸の村社会単位がいかにして克服して

きたのか。このテーマを探ると、暴力の応酬によって決着を図らんとした時代を抜けて、

驚くほどスマートに自らの立場を訴え、混乱を収拾する百姓像が浮上する。

 互いの主張が相反するケースでは、不毛な水かけ論を声高に叫び合うでもなく、過去の

文書を言質に正当性の論拠とする、そんな証拠主義的態度が既に見える。

 判決において、往々にして決め手になるのは先例、慣習の有無。しかし、そればかりでは

時として生活は立ち行かなくなる。そんな実情を打破する合理的な落としどころとして、

しばしば「百姓成り立ち」なる実践的法理を先例や文書に優越させる柔軟性とて見える。

 

 時代劇の中でしばしば描かれる庄屋といえば、百姓を屈服させる悪役の顔。

 しかし、当時の史料にあたってみると、そこに浮上するのは、極めて持続的な経営モデル。

金融と一口に言っても、そこには二つの側面が見える。すなわち、一方では、豪農や領主を

相手に「比較的大金を貸してその分多額の利子を取」ることで安定的な基盤を築き、他方、

「当座の生活資金に困っている近隣の住民に少額の金を貸す」ことで「地域住民の成り立ちを

援助する」。

 そんなサポートのみならず、農業用水の確保もまた庄屋の重要な責務、それがひいては

小作料となって自らに還元される。

 

 そんな具合に、水を通じて、本書は驚くほどに合理的な社会の循環モデルの存在を

明らかにする、選択と集中に名を借りて、中央がひたすらに吸い上げて、末端が既に疲弊し

破綻した今日の世界経済とは逆行するように。そして、それは恰も、「村」というパトリなくして

ネーションなど成立しようもないのだ、という現代に向けられた警句としても響く。

 もちろん、翻って江戸の経済を分析すれば、本書とはつじつまの合わない点も見えてくる。

人口動態に象徴的、低成長と停滞としての近世の姿が本書からはあいにくながら伝わらない。

ユートピア、と言ってしまえばあるいはそれまでなのかもしれない。

 

 とはいえ、表題の「戦争」なる物騒な表現とは対照的に、「村」を始点とする江戸時代なりの

ルール・メイキングのあり方は十二分に見て取れる。限られた資源をどう分配するか、

そうしたサステナビリティをめぐる知恵を過去から学ぶ読み物として実に分かりやすい一冊。

売国奴

  • 2016.12.09 Friday
  • 20:56

 本書の原題は、Zealot: The Life and Times of Jesus the Nazareth

 

「本書の意図は、キリスト教が発足する前のイエス、歴史上の人物としてのイエスを

可能なかぎり再生してみることにある。2000年前の政治意識の強いユダヤ人革命家で

あったイエスは、ガリラヤの田舎を歩き回り、『神の国』を設立することを目標にメシアを

待ち望む運動の信奉者を集め、挑発的な態度でエルサレムに入城して、臆面もなく

神殿に攻撃をしかけたが失敗に終わり、ローマ人に逮捕され、暴動煽動罪で処刑された。

本書ではまた、イエスによってこの世に神の支配を樹立することが失敗に終わったあと、

彼の信奉者がイエスの伝道活動と彼の独自性ばかりでなく、ユダヤ人の待望するメシアの

本質と定義をどう解釈し直したのかにも触れる」。

 

 本書の課題は、イエスを「熱血漢Zealot(s)」、すなわち「自分たちの熱情的な理想を

保持するために、ローマ人や割礼を受けていない大衆ばかりでなく、ローマ人に服従する

ユダヤ人に対しても、必要であれば、極端な暴力をふるう人々」のひとりとして綴ること。

換言すれば、「実際に何が起こったかということよりも、それが何を意味するかということの

方に関心があった」福音書の記述から、「事実」と「真実」を峻別する試み。つまりそれは

例えば「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」や「剣のない者は、服を

売ってそれを買いなさい」といったことばを字義通りに受け止めるものとなる。

「そんな輩は抹殺してしまわなければならなかった」。

 歴史から浮き上がる「事実」としてのナザレのイエス、すなわち、ローマ支配の残虐と

強欲に牙を剥き、その走狗たるエルサレムの既得権益層を討つ革命家。

 

 そして本書はもうひとりの転覆者の存在にもフォーカスを当てる。

 つまりは書簡の作者としてのパウロ。

「パウロは『生前の』イエスが何を言ったか、あるいは言わなかったかには、まるで関心が

なかったかのように見える。彼の書簡類には『ナザレのイエス』の足跡はほとんどない」。

 代わって彼は「キリスト」としてのイエス――当人が決して名乗ろうとしなかった「メシア」――の

教義をローマに広め、エルサレムの崩壊をもって潰えた正統後継者としてのヤコブの

系譜をかき消すように、「異邦人の神学」はいつしかキリスト教共同体の中核をなす。

「パウロの創り上げた救世主は、歴史上の人物としてのイエスをすっかり包含してしまった。

地上における『神の国』の樹立を目指して、弟子たち軍団を集めながらガリラヤ全土を

歩き回り、社会の大変革を意図していた熱烈な革命家、エルサレムの神殿の祭司階級の

権威に楯突く魅力ある伝道者、ローマの占領に反抗して敗北する急進的なユダヤ人

ナショナリストとしての面影は、ほとんど完全に歴史の中に埋没してしまった」。

 

 ローマ史、エルサレム史としてみればスリリング、とはいえ、そうした全体像からひとまず

切り離して、ナザレのイエスの個人史としてみれば、残念ながら首を傾げざるを得ない。

 本書は一方では、大工の倅として識字もままならない無学の男としてのイエスを描く。

しかし他方、決して自らを「メシア」と僭称することがなかったイエスが、代わって自身を

「人の子」と呼んでいたことについて、その典拠を専ら「ダニエル書」に求めるのだが、

文字にもヘブライ語にも不自由するという男がどうしてこの表現を引き出せたというのか。

神の国は紙の国、旧約聖書由来のものが頻出する福音書のフレーズをライターたちの

創作とするならば、この件を例外とするのはあまりに虫がよすぎやしないだろうか。

このことは、同等の教育しか与えられてこなかっただろう弟・ヤコブが手紙の書き手で

あることを承認するスタンスとも矛盾しているようにしか受け取れない。

 物語として興味深いことと、推理が首尾よく「事実」として成立しているか、は別の問題。

 総じてみれば、筆者にとっての「真実」の追求とまとめるよりない。

 そして、そうした点をことごとく取り逃す邦題は的外れも甚だしい。

 

 殺人は常に最善の倫理。

 世界は、この命題の他にいかなる「真実」も持ち得ない。

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