三つ子の魂百まで

  • 2018.01.12 Friday
  • 22:43

「満州国には当時、漢民族、朝鮮族、モンゴル族などの民族がモザイクのように

入り交じって暮らしていた。日本政府は満州国建国の早い時期から、総人口の

わずか2%にすぎない日本人が圧倒的多数の異民族を支配することは極めて

困難だと判断し、結果、国の実権は事実上すべて握りながらも、『5つの民族が

共に手を取り合いながら、新しい国を作り上げよう』という『五族協和』のスローガンを

意図的かつ戦略的に国内外へと掲げたのである。満州国の最高学府として設立

された建国大学は、そのスローガンを実践するための『実験場』であり、その成果を

国際社会へと発信するための『広告塔』でもあった。……そして驚くべきことに、

建国大学の学生たちには当時、戦前戦中の風潮からはちょっと想像もつかないような、

ある特権が付与されていた。/言論の自由である。/五族協和を実践するためには、

異なる生活習慣や歴史認識の違いだけでなく、互いの内面下にある感情さえをも

正しく理解する必要があるとして、建国大学は開学当初から中国人学生や朝鮮人学生を

含むすべての学生に言論の自由を――つまり日本政府を公然と批判する自由を――

認めていたのである」。

 

 満州建国大学をめぐるオーラル・ヒストリーを本書に期待するならば、物足りない印象は

いかにも否めない。「国際大学」という理念が直ちに看板倒れの時を迎え、軍国主義へと

舵を取った軌跡に言及されるのが、各人の証言からでなく、おそらくは先行文献に由来する

筆者のあとがきというのでは、何を聞いて回ったのだろうか、といささか首を傾げてしまう。

 

 ただし、卒業生の今として本書に触れると――時はさらに流れ取材対象者のうちの

数名は既に天に召されているのだけれども――、しばしば背筋の伸びる記述と出会う。

少年に学ばざれば老後に知らず、そんな訓の対照を生きる人々の姿がそこにはあった。

 この追跡調査のきっかけを作った当時85歳のOB宅での出来事、彼が「両手で部屋の

ふすまを引き開けた瞬間、私は目にした光景に一瞬動けなくなってしまった。/私の

目の前に広がっていたもの。それは壁一面に積み上げられたNHKラジオ・ロシア語

講座の教材だった」。衰えぬ向学心の原点は無論、大学にあった。

 ウランバートルに卒業生を訪ねる。流暢な日本語を操り、時事問題にも精通している。

圧倒される筆者に彼は言った。「言語を忘れないためには本を読むことです。新聞でも

雑誌でもいい。文字を読んでさえいれば、頭の中にはその国の言語が流れますから、

言葉を忘れることはありません」。

 深く刻み込まれた原体験を証するように、「一番記憶に残っている時代」を問われて、

「建国大学の頃」を挙げた人物がいる。彼の名は姜英勲、朝鮮戦争期には参謀長を務め、

遂には韓国首相の座へと辿り着いた男である。リップサービスを疑う筆者に彼は言った。

「若いということは、実に価値のあることなんですよ」。

 

 長春訪問の際のこと、アポイントメントが急遽、キャンセルされる。共産党の圧力だった。

「中国政府はたぶん、『記録したものだけが記憶される』という言葉の真意をほかのどの

国の政府よりも知り抜いている。記録されなければ記憶されない、その一方で、一度

記録にさえ残してしまえば、後に『事実』としていかようにも使うことができる」。

 そのただ中で、「言論の自由」の意味を身をもって知る鬼子が「ケンダイセイ」だった。

「建国大学が学生に認めた『言論の自由』は、やがて中国人や朝鮮人の学生たちに物事を

知ろうという勇気と現状を判断させる力を培わせ、反満抗日運動や朝鮮独立運動へと

つながる確固たる足場となっていった。『知る』ことはやがて『勇気』へとつながり、

『勇気』は必ず『力』へと変わる。そんな『知』の威力を誰よりも知り抜いているからこそ、

国家がどんなに巨大化しても『最初の一歩』に赤子のように怯え、哀れなくらいに全力で

阻止する――」。

 

 知は力なり。

 なぜ勉強しなければならないのか。なぜ本を読まなければならないのか。

 過ぎ去りし日の「スーパーエリート」の履歴は、そんな問いへの崇高な回答を提示する。

山の岩とにかく掘る

  • 2017.12.12 Tuesday
  • 22:54

「ワニの化石じゃないか」

 岩塊からのぞく断面を見て、発見者のアマチュア収集家はそう思った。ラグビー・ボール

ほどのサイズのそのノジュールは、ひとまず地元の博物館に収蔵された。

 とはいっても、他に研究すべきサンプルは数知れず、いつしか8年の時が流れていた。

 その尾骨が未知の恐竜のそれで、ましてや全体標本の存在を示唆するものとなろうとは、

まさか知る由もない。

 

「この本は、北海道むかわ町の山の中で進められた恐竜化石の発掘記です。/ただし、

既刊の類書とはスタイルを少し異とするものをめざしました。/『恐竜化石の発掘』と聞くと、

『みつけた』『掘った』『こんな恐竜だった』という三つに集約される『物語』のようですが、

本書ではこの三つに『どのような人が』というキーワードを加えました。……この本では、

むかわ町の恐竜化石に携わった9人に取材しています。そして、それぞれの視点で

物語を綴りました。9人がどのような経緯で、この恐竜化石に関わるようになったのか。

結果として、人によっては中学生時代にまで遡って、その半生を追いかけています」。

 

「採集」と「発掘」は似て非なるもの、と筆者は言う。

 一般に想像される化石の集め方といえば、地表にハンマーやタガネを当てて、研究者と

いう名のオタクが刷毛などでこつこつと取り出す。インディ・ジョーンズよろしく、風変わりな

英雄伝にでも収斂しそうな類の「採集」だろう。

 しかし、本書における「発掘」は性質を異にする。「一人では決してできない。それなりの

組織と計画をつくり、チームとしての作業を進めることになる」。硬い地層をえぐるべく、

重機や削岩機が投入される。そのためのルート作りに木々の伐採もする。地元自治体への

根回しや協力要請だって欠かせない。

 つまり本書は、恐竜好きの子どもがそのまま大人になったような学者のテリトリーをはるか

抜け出して、『池の水ぜんぶ抜く』系の土建バラエティに至らざるを得ない。

 

 掘り出した岩石に「クリーニング」をかけて化石を取り出す、そんな重責を担う「縁の下の

力持ち」が、その仕事に出会ったのはほんの偶然からだった。高卒のしがない郵便局員が

五十路を迎えあてもなく退職、地元の博物館に普及員の枠を求めてエントリーするも通らず、

ただしクリーニングに空きが出たため飛び込んだ。大学や院で地学や化学の専門教育を

受けたでもない、何もかもが未知の領域。「学芸員……からは、ごく簡単な説明があった。

また、館内にあった資料も読んだ。万全とはいえないまでも、それなりの知識を蓄えたつもり

だった。しかし、やってみると、同じノジュール、同じ化石は一つもない。マニュアルなんて

ない世界であることを知った」。

 それから数年、磨いた経験の集大成として、例の塊が差し出される。

「この時点でノジュールから顔を出していた骨の部分は、風化がひどく、触るだけでも

壊れそうなくらいもろかった。/最優先はその保護だ。/保護剤をスポイトで骨にしみ

こませる。少し時間が経過すると、保護剤は骨の内部まで浸透して、骨が強固になる。

浸透したら、またスポイトで保護剤を垂らす、という作業を半年間繰り返した。/そうして

骨が硬くなったら、エアスクライバーやタガネで掘り出していく。ときにはルーペの下で

作業にのぞみ、かかった時間は約1年間。7個の骨があらわれた。変形もほとんどなく、

綺麗に並び、たがいに関節でつながった。/希に見る美しい標本である」。

 

 泥まみれ、汗まみれの「ダイヤの原石」が、哀愁の土木国家の零細自治体に舞い降りた。

「独自の戦い」

  • 2017.12.05 Tuesday
  • 00:31

「無頼系独立候補は『変わった人』『目立ちたがり屋』『怖い人』などと捉えられがちだ。

しかし、実際に会ってみると、人間的にもユニークでパワフル、チャーミングで真面目な

人が多い。キラリと光るアイデアや、のちに社会に採用される政策を訴えていた人もいる。

自分が一票を投じるかどうかは別として、こうした提言を社会が広くシェアして未来の

政治に生かしていくことは有益ではないだろうか。

 生身の候補者一人一人にはドラマがある。誰もが命をかけて自分の主張を訴えている。

選挙に敗れても、何度でも立ち上がり、『次こそは』とまた新たな戦いに挑戦する。底抜けに

明るい彼・彼女らは、間違いなく私たちの『分身』だった。

 

 本書は、そんな候補者たちの人生を追いかけた記録である」。

 

 ある夏の渋谷の風景。

「茶色いクセ毛にヘアバンド。そしてヘッドセットタイプのマイク。黒いTシャツにピンクの

テカテカしたボクサータイプのパンツ。ハイソックスもピンク。そんな姿の還暦近い年齢の

男性が、街宣車の屋根の上で踊っているのだ」。

 参院選に立候補した戸並誠が政策として訴えるのは、「スマイルビクス」。曰く、笑顔を

作ることで自らの「脳が反応してβエンドルフィン、つまり脳内モルヒネが分泌される。……

とにかく今の日本にはスマイルが足りないんだよ!」

 彼の街頭キャンペーンはひたすら踊り、そして笑うことだった。真剣な政策論だって打つ、

ただし、すぐに踊りに戻る。本人曰く、「前は真面目な話をしたら、サーッとみんな消えて

いった。だから曲をかけて踊った。そうすると人がまた集まるんだ」。

 パフォーマンスをしなければ誰も立ち止まりすらしてくれない、だから踊る。

 悪名は無名に勝る、あえてピエロにならなければ、メッセージを届けることさえできない、

そんな現実が彼にはあった。この「無頼系独立候補」、またの名をマック赤坂という。

 

 赤坂には忘れられない経験がある。

 とある街頭演説でのできごと、ひとりの男性が歩み寄って握手を求めた。

「あなたを見て、久しぶりに笑顔になれました」。

 彼は末期のガン患者だった。

 政党名、候補者名、ワンフレーズの具体性なき政策もどきをひたすら連呼するだけの

ウグイス嬢にどうしてこの笑顔を作り出すことができようか。

 

 2016年の都知事選、ある「無頼系独立候補」は「選挙は戦いではない」ことを訴えた。

その活動は異例のものだった。街宣車どころかマイクもスピーカーも持たない彼の第一声は

他の候補者の選挙カーから発せられた。その恩返しなのか、彼は時に自らの機会を放棄

してでも、他の候補者たちの応援に駆けつけた。その最終日、彼はすべての候補者が

一堂に会した合同演説会を企画し、うち数名がそれに応じた。「選挙は戦いではない」ことを

彼は見事に貫徹してみせた。

 そもそも法律や政治なんてものは、利害の対立を調整するために要請される強制力の

機能に他ならない。衝突を内包した者同士がテーブルにつき、議論を交わし、知恵を出し、

その中で解決策を見出していく、そのために議会や行政はある。

 立場を異にする者が存在するのが当たり前。政治において排除を志向する者は自ら

存在意義を否定しているのだから、直ちにそれを実践し退場せねばならない。

 弱い個人が結束することで強大な「リヴァイアサン」を生み出し、理不尽に抗う力とする。

ネガティヴ・キャンペーンに明け暮れる主要候補たちを尻目に、「無頼系独立候補」の

寄せ集め、否、寄り集まりはそんな「近代」の原点に返り着く。

 黄昏のエスタブリッシュメントのその後で、反知性主義でもファシズムでもない選択肢、

ネオ・クラシカルな未来として秘して咲く花がここにある。

やすらぎの郷

  • 2017.11.28 Tuesday
  • 23:30

「限られた生を、どう全うするか。死ぬときぐらい好きにさせてくれる環境整備には、どんな

生き方をし、どんな最期を迎えたいのかという本人の意思があることが大前提となる。

私たち一人ひとりがどう生き、どう逝きたいかを考えることが求められるようになっている。

 同様に、お葬式やお墓について考えておくことも大切だ。自分のことは自分ではできない

以上、誰かの手にゆだねるしかないからだ。この本では、家族や血縁ではない新たな

共同性の取り組みなどを紹介し、誰に死後を託すのかという問題について考えていきたい」。

 

 とあるシンクタンクが導き出した衝撃の推計、「2035年の東京では、世帯主が65歳以上の

世帯のうち、44.0%がひとり暮らしとなる」。

 家族、親類に死後を託すことは必ずしもできない、ということで当然にまずクローズアップ

されるのは、公の制度設計。

 ただし、本書の中核はある面では発想の転換、つまり〈ひとり死〉時代に〈ひとり死〉を

せずとも最期を迎えられるような、「共同性の取り組み」。

 

 逝き方の問題はつまり、生き方の問題。

 現状既に、「6人に1人のひとり暮らし男性高齢者は、2週間に一度も、誰からも電話が

かかってこず、自分からもせず、自宅を訪れる人や外で会う友人もなく、近所の人と

あいさつをかわすこともない」。独居高齢者を対象とした筆者の調査によれば、「お茶や

食事をいっしょに楽しむ友人がいると回答した人は、男性で40.8%しかおらず、そもそも

同性の友人がいない人は33.6%もいることが明らかになった」。

 これでは弔いも何もなく、公衆衛生の他に問われるべきものなどもはや持てない。

「住み慣れた地域で、みんなが安心して生活するには、住民で助け合える共助の精神が

土台にあることが前提だが、血縁、地縁に限らず、人間関係は一朝一夕にはできない。

地域の人たちとのお互いさまネットワークを作るため、さまざまな取り組みをはじめる

地域も出てきている」。

 例えば「隣人祭り」なるイベント。発祥の地はフランス、きっかけは同じアパートに住む

独居老人の遺体が遅れて発見されたこと。気楽に酒や茶を持ち寄るような関係を築ければ

こうした悲劇を未然に防げる。参加も退出も自由で、「緩やかなつながり」を保障する。

 あるいは共同墓地の契約者同士が、「死後の共同性」を求めて集まることで、生前における

「緩やかなつながり」を図る。住人の多くが去った集落でも、共同の納骨堂を設けて「血縁を

超えてみんなでお墓を管理していけば、無縁化する可能性は低くなる」。

 

「社会がめざすべきは、孤独死や孤立死への不安をむやみにかきたてることではない。どんな

人も死に方は選べないが、できるだけ早く異変に気づいてもらえる体制を整えることはできる。

万が一のセーフティネットは、制度や仕組みがあっても、人と人とのつながりがなければ作用

しない。……自主的な『縁づくり』活動を通じて醸成される関係性のなかで、生きている喜びを

実感できれば、結果的に、誰からも存在を気にされない果ての孤立死は減少するだろうし、

悲しむ人が誰もいない死は減るのではないだろうか。死ぬ瞬間や死後の無縁が問題なのでは

なく、生きているあいだの無縁を防止しなければ、みんなが安心して死んでいける社会は

実現しないのではないかと私は思う」。

 この本が提起する問題は一貫して生き方の問題に他ならない。

 トップダウンが断絶を推奨する時代に、ボトムアップで共助を打ち立てる。

「みんな」なき時代に「みんな」を再構築するための気づきを〈ひとり死〉は促す。

シンクロナイズドモンスター

  • 2017.11.22 Wednesday
  • 22:45

「従来の出版物と本書の違いは、『「ウルトラQ」の誕生』同様、各種資料、関係者の

インタビュー、脚本、完成作品を元に構成したドキュメントであることだ。……基本的

構成は、各種資料、脚本、完成作品、関係者の証言を元に、筆者の考察を加えつつ、

『ウルトラマン』という番組の成立から終焉までを追っている。……また、本書は金城

哲夫の作家としての目覚めを追っている。金城はデビュー以後(『ウルトラQ』を含め)、

円谷一の庇護の下、脚本家として着実に力を付けてきたが、作家としての才能が真に

開花するのは『ウルトラマン』なのである」。

 

 寡聞にして私は、『ウルトラマン』の研究史について何ら踏まえるところではない。

ゆえに、本書が新たに何を明らかにしたのか、逆にいかなるテーマを捨象したのか、

といったことに言及することは能わない。

 その上で、ひときわ印象深いのは金城哲夫の「目覚め」。

 第30話「まぼろしの雪山」、「都会から離れた山奥の禁断の地、飯田山で動物達と

暮らす不思議な娘、雪ん子がいた。猟師の邪魔ばかりしていたため、忌み嫌われていた。

しかも彼女が危機になったとき『ウーよぉー!』と呼ぶと、吹雪の中から白く長い毛に

覆われた怪物が現れるのだ。ウーは、この地方に伝わる伝説の怪物だ。だがイデは、

ウーが15年前に死んだ雪ん子の母親の身代わりのような気がしてならなかった」。

そして物語は異例の結末を迎える。ウルトラマンとの格闘の最中、雪ん子の声を耳にした

ウーは、たちまち姿をくらます。

 筆者はこの物語に「作家」の原体験を見る。金城の母は、沖縄戦で片足を失っていた。

 

 このバックストーリーを前提とした上で、やはり金城が脚本を手がけた最終話「さらば

ウルトラマン」について思いを巡らせる。

 宇宙恐竜ゼットンに屈したウルトラマンに向けてゾフィーが語りかける。

「地球の平和は、人間の手でつかみとることに価値があるのだ」。

 果たして科学特捜隊は、開発した兵器でゼットンを打ち倒し、ゾフィーはウルトラマンと

ハヤタそれぞれに新たなる命を授け、そして両者は別れる。

 この結末が暗喩するものは何か。