おもてなし(笑)

  • 2017.05.19 Friday
  • 21:35

「本書のテーマは、80年もの歴史を持ちながらも、過疎化や自動車社会へのシフトと

いう逆風の中で、地元では廃止の噂まで囁かれていた五能線がどのようにして

奇跡の再生を果たしたかである。

 逆風にさらされていたローカル線が、地域の自治体やコミュニティを巻き込み、

自助努力で『日本で一番乗りたい』と言われる存在になった。その再生の道筋を

たどり、復活の鍵を解き明かしていくのが本書の狙いである」。

 

 表題こそ『五能線物語』、ただし筆者は華麗なる経歴を誇るコンサルタント、

結果的に出来上がったのは、矮小化された抽象的なコピーの実践集。

 例えば「田園の秘境駅」、しかし本書にその魅力を伝える意欲があるようには

とても見えない。「『何もない』も価値となり得る」、そんなお題目を唱えるための

サンプルとしか、少なくとも私には映らない。

 全編がことごとくこの調子。「『ハード』と『ソフト』を組み合わせる」、「リワイヤリング」、

「ピンチこそチャンス」、「規律と自由の両立」……。

 いったいどこの意識高い系セミナーだろう。

 

 ホスピタリティを論じるサルが自ら実践した例が世界史に一度でもあるのだろうか。

 本書がなんとも耐えがたいのは、こういうクズのどうしようもない口車の材料として

現場の誠実までもが蹂躙されてしまう点にある。

 

 集大成としての道の駅がいみじくも示す、ステレオタイプをコンプリートしたいという

カスタマー・サティスファクションのアチーヴメントを目指して、過剰にデフォルメされた

ローカリティの押し売りとしての現代型地域再生、観光産業。

 こういうゴミみたいな話を束の間忘れるために旅ってするものなんじゃないの?

ゲオグラフィアの城

  • 2017.04.30 Sunday
  • 21:27

 高名な古地図のディーラーが、図書館の稀覯本から盗みを働き売り捌いていた。

 ――そんなスキャンダルの渦中の人、フォーブス・スマイリーが本書の主役。

「非常に能力のある者が、同時に大きな欠陥を持っている。私はようやく物語の皮肉を

理解するようになった。ここにいるのは地図を盗んだ男だ。そしてこの男は明らかに、

自分が歩んできた道を踏みはずしていた。地図の何が彼をそれほどまでに魅了したのか。

おそらくそれは私が引きつけられたものと同じだったのだろう――コントロールの感覚。

生活にそれがどれほど大きな力を及ぼすかはともかく、それは地図が付与してくれる

環境への支配感だった。スマイリーの話を調べている内に私は、彼が盗んだ地図を

作成した人々の物語――彼らが抱いた情熱や競争心――にも同様に好奇心をそそられた。

スマイリーや彼を取り巻く連中と話をしていて、私は自分自身が今、一人の男、一つの

専門的職業、そして一つのオブセッション(強迫観念)を盛り込んだ、一枚の地図を現に

描きつつあることに気づいた」。

 

 知れば納得、これほどまでに窃盗に適した素材も他にそうない。

 世の蒐集の大半と一線を画すのは、何せ地図のほとんどが印刷物であるという点にある。

「図書館の所蔵印のように明らかに出所の分かるものを別にすれば、特定の地図の複製が

どこから来たものなのか、その出所を言い当てることは非常に難しい」。たとえただ一点しか

現存が確認されていなくとも、他の品が発掘されないとも限らない、ゆえに白を切る余地は

いかようにもある。そして重要なことに「図書館には最上の地図があり、しかもそれを守る

ためのお金がない」。

 

 今日高額取引の対象となる地図は、往々にして図法や測量技術の満足に発達していない

時代のもの。例えば1世紀のギリシャ、プトレマイオス『ゲオグラフィア』によれば、地球の

全長は18000マイルで、アジアとヨーロッパの距離はわずか2500マイルでしかない。

 しかし、いかに誤謬をあげつらおうとも、コロンブスがこの地図を頼りに大西洋を渡った

事実を消し去ることはできない。世界の地理を紙の上で表示する、「この書物が大胆にも

提示していたのは――人間の心は数学的正確さで可視の世界を理解しうるということだ」。

 時にミリオン越えを記録する紙切れ、ただし今日の地理の授業にすら使えるはずもない、

しかし「スマイリーによって盗まれた地図は探検家、商人、権力者たちの夢を育んだ。

……地図は国家の拡張と帝国建設の進路を示している。そして英国支配の台頭、新国家の

建設、先住民の消滅を記していた。また地図は知識が終わり、想像力がはじまる境界線を

描いている。未知の世界を探検し、空白の土地を定義づけようとする人間の永遠の衝動を

表していた」。

 

 数百年の時の流れに変色した紙の向こうに、意味を透かし読み解いてみせる。

 それは単に古をたどるのみならず、現在を歴史の座標の中に位置づける作業でもある。

研究者や学芸員の手による重要な仕事、あるいは今日「ガン」と罵られるだろう彼らの。

 市場原理に物語を紡ぐ機能は組み込まれていない。

 

 皮肉にも、スマイリーにはその責務を担えるだけの知識があった。

「奴はとんでもないものを盗んでいきました。――あなたの心です」。

「わがこと」

  • 2017.04.21 Friday
  • 21:11

「本書では、過去日本を直撃したことがないような巨大台風における『大避難』と、

日本にとって最大の脅威の一つと言える南海トラフの巨大地震における『大避難』の

2つを軸に、自然災害そのものの変化と、それを想定する科学の変容、そして

今日の日本社会のあり方を描いていく。……現代都市は高い堤防をはじめとする

強固なインフラにしっかりと守られているように見えて、そのじつ、巨大災害の脅威と

隣り合わせにあるのだ。私たちはその実態を具体的に知るとともに、被害を防ぐ

ための処方箋を手に入れる必要がある」。

 

 関東圏を直撃する「スーパー台風」をめぐる、驚愕のシミュレーションが紹介される。

 分析の対象は、荒川の氾濫により甚大な被害の想定される東京都の江戸川、葛飾、

足立の三区。区民180万人がそれぞれ交通機関や自動車での移動や高所への避難を

試みたとしても、逃げ切れず「命の危険にさらされている人」は20万人にも達する。

 ショックはさらに畳みかける。ならば早期の避難を心がけたらいいだろう、と思いきや、

避難勧告と同時に街を空にしようとする選択は事態をより悪化させる。引き起こされる

渋滞の結果、取り残される人々はむしろ倍増してしまう。

 あくまで想定は3区に限られたもので、実際のケースでは近隣自治体民の動きも

組み込まれるだろうから、これすらも楽観的な予測でしかないのかもしれない。

 仮に180万人が全員逃れたとして、どこに受け皿の備えがあるというのだろう。

 

 地震にせよ、台風にせよ、災害列島であることをやめられる魔法の一手などまさかある

はずもなく、さりとて悲嘆に暮れてもはじまらない。

 いわゆる「釜石の奇跡」を手引きした防災研究者が語る。

「大きな課題に取り組んで、『大ダメ』が『中ダメ』になってもそれはそれでいいのではないか。

次のステップで『小ダメ』にすればいい。そのようにしなければ、今回のような大避難の

問題は少しも前進が見られないままになる」。

 ファシストが何を叫ぼうが、実を結ぶ変革は常に漸進的。

「大避難」でもそれはたぶん変わらない。

おにぎりあたためますか

  • 2017.02.07 Tuesday
  • 21:03

「ドライブで遠出する趣味をお持ちの方なら、国道を走っていて何かしら『なんじゃ

こりゃ?』と思った経験があることだろう。山の中で、とても国道とは思えない狭苦しい

道になってしまう、国道を走っていたはずがいきなり県道になっていた、国道1号を

走っていたはずなのに国道1号にぶち当たった、他の道に当たって終わったと思った

国道がまた忽然と現れた、などなど『アレレ?』と思うことは少なくない。

 また、国道の番号はどういう順序でつけられているのだろうか? 地図を見れば

わかるが、国道の番号は規則性があるようなないような、不思議な並び方をしている。

国道番号には欠番もある。国道100号や111号は、全国どこを探しても見つからない。

なぜ、こんな『欠落』があるのだろうか?

 実のところ、これらはそれなりに理由がある。このあたりをいろいろな証拠から

解きほぐしていくのが、国道趣味の楽しみのひとつでもある。人々の利便のために、

合理的に作られているはずの道路に、よく見ると思わぬ不合理がひそんでいる。

それを探っていくと、何かしらの理由に必ず突き当たるのだ」。

 

 典型的なオタク道への入門書。国道マニアと一括りにしても、例によって細分化された

探求の裾野の広さにはただただ呆れ、否、感嘆させられるばかり。

 書店に行けばもはや周知のものと化した様子が窺える「酷道」巡り。例えば157号の

通称「洗い越し」、ほとんどSUVCF、「山の水がじゃぶじゃぶと道路を横断しており、

車はこの中に突っ込んでいかねばならない」。あるいは「酷道の王者」418号、「この

酷道区間のハイライトは、巨大な落石が道をふさいでいる場所」で、「長らく通行止めに

なっているが、なぜか国道指定を外されていない」。

 花形のひとつ、標識撮影コレクション。古き良き時代の面影、「おにぎり」に添えられた

ROUTE」の文字がスペルミス。重複区間において標識を上下に連ねた通称「だんご」、

交差点で矢印が補助で添えてあれば「ねぎま」……フェチの要衝がさっぱり分からない。 

 直球に過ぎる愛は時に歪みへと変わる。通称「非国民」、「国道の有り難みを知るには、

国道がなかったらどうなるかを試すのが一番である」。

 

 とはいえ、マニアの深みを知らしめる入門としてこれでいいのか、と尋ねられれば、

いささか疑問が残る。国道の持つ趣味としての側面ばかりではなく、インフラとしての

基礎知識も同様に本書に求めてしまった私は、冒頭からその圧の高さに面食らわされる。

一般国道から高速道路へのスイッチは「格上げ」で、他方、国道から県道への移行は

「降格」、さりげなく文章に織り込まれるこうした判断のベースとなる法律その他の情報が

置き去りにされたままテキストは進んでいく。自動車が通れるはずのない階段が国道とか、

話として知ってはいたが、そもそもどうしてそんなことになっているのか、という仕組みに

ついての説明もなしにまくしたてられても、ひたすら困惑させられるばかり。実は、途中に

章立てが設けられてこうしたフォローはなされるのだが、そもそも国道なるものの定義を

後回しにしてハイ・テンションで先走りする構成にいびつな印象はどうにも否めない。

 

 入門書として実は優しくない感じ、まあ、オタクに固有の視野狭窄は長所でもあるので、

そういうものと割り切るべきなのだろう。

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