尻子玉を抜かれる

  • 2019.02.13 Wednesday
  • 22:55
評価:
荒俣 宏,荻野 慎諧,峰守 ひろかず
学研プラス
¥ 1,728
(2017-08-29)

「妖怪に遭いたくて70年間あちこちを巡り歩いてきた。しかし、想いはまだ

実現していない。

 これはたぶん、私の満足度が非常に複雑であることに原因がある。単純に

お化けをみただけでは満足できない。せめて触ってみたい。お化けを怖いと

感じる怪談趣味だけでも納得できない。できれば一緒に暮らしたい。触れる

お化けは、今でもお寺や神社に奉納されている死骸や化石や絵として

見物できる。ならば、その正体が科学的に分かるはず。

 もう一つ、お化けを単純に存在すると信じてしまうことも、根がアマノジャクな

気質であるから、何の解決にもならない。いるようでいない、いないようでいる、

というの綱渡りの立場がいちばん自分にあっているように思う。でも、お化けに

会いたい。お化け相手に恋もしたい」。

 

「例えばこれは、水戸で捕まった河童の記録です。漁師さんが海に出ていた時、

水中から赤ちゃんの声がしたので網を引いたところ(中略)十四、五匹の河童が

掛かったそうなんです」。

 そんな報告例に接した生物学者はあっさり一言、「ウミガメでしょうね」。

「ウミガメは群れで行動するんです。甲羅の形もウミガメっぽいですし、首が

めり込むというのも亀の特徴ですよね。(中略)あと、ここ、粘りがあって

掴みにくいとも書いてありますよね。このあたりも、両生類・爬虫類的です」。

「人魚の牙」を前にすれば、「イヌ科かイタチ科――つまり、タヌキやキツネ、

イタチの系統だと思います。イタチ類のアナグマかな。多分子供の歯ですね」。

「人魚の骨」について、「これはエイの歯じゃないかな」。

 

 要するに、伝説に冷や水をぶっかけて回るだけの企画か、そんな落胆を

抱いた人もあるかもしれない。あるいは逆に、妖怪の正体なんてその程度、と

快哉をあげる向きもあるだろう。

 もちろん読み方次第だとはした上で、しかし本書はかくなる目的のもとに

書かれているわけではない。オカルトとなると決まって持ち込まれるのが、

肯定派vs.否定派という例のアングル。だがその枠組みに捉われるあまり、

大切な何かがこぼれ落ちていやしないだろうか、というのが本書の視座。

「当時は河童と呼ばれていたけれど、今の分類基準で言うとウミガメである」。

 この言明に凝縮される。なぜ「今の分類基準」が「ウミガメ」と決し得たのか、

についてこそ目を向けねばならないのだ。それはすなわち、当時の人々が

観察に基づいて記録を残していたからに他ならない。存在していたからこそ

記述する、そしてその上で正体不明のため一旦「河童」フォルダーに収める。

「分類学には『Wastebasket taxon』という考え方があるんです。『よく分からない

ので、とりあえずゴミ箱みたいに放り込んでしまえる分類群』という意味

なんですが、河童はその典型例なのかもしれません。水辺で出会った不思議

だったり怪しかったりする生物を入れる Wastebasket taxonなんですよ」。

 るつぼに投げ入れられた材料を一緒くたに煮込んで盛りつけてしまえば、

杳として素性の知れない「河童」なりの「妖怪」はなるほど立ち現れるだろう。

確かに、そんなものはどこにもいない。くっつくはずもないパーツをねじ込んだ、

甚だしい誤読の産物に過ぎないのだから。

 時代時代の分類学としての「河童」を等閑視して、「オカルト」や「お化け」の

フォルダーに投げ入れては、例の肯定/否定のスクリプト処理をしてしまう。

 そんな己の無知蒙昧を露わにされて虚を突かれる。

 

 気づきの瞬間は遠野においても訪れる、柳田国男でつとに知られる、あの遠野。

雪深く閉ざされた地ゆえにこそ、外よりの影響を免れ、古来の伝承が保持される、

そんな集落の典型かと思いきや。

「ずっと重要なハブだったんですよ、ここは。下手したら中世、いや、もっと

前から開けていた」。

 そもそもが「物語は外から入ってくる」。

「怪談の研究やってて分かったんですけどね、日本で昔から語られていたその手の

話って、実は、ほとんど中国の伝奇小説がネタ元なんですよ」。

 それはちょうど、アンデルセンやイプセンを翻案した三遊亭圓朝の創作落語が

いつしか本邦固有の古典芸能として語り継がれてきたように。

 

 尻子玉を抜かれる、「河童」に、そして博物学に。

襟裳岬

  • 2018.05.29 Tuesday
  • 22:43
評価:
八木澤 高明
スコラマガジン
¥ 1,944
(2015-10-23)

「青線とは非合法な売春地帯のことを言う。……私は日本各地に点在する青線を

2001年から歩きはじめた。経済活動である売春は、景気低迷のあおりを受け、

年を追うごとに青線は寂れていき、青線があると聞き訪ねてみたが、すでに駐車場や

更地となってしまっていて、痕跡のない場所も少なくなかった。この旅は、曖昧模糊と

して、記録に残っていない青線を巡るということもあり、人の情報だけが頼りで

闇の中を行灯なしで歩くようなものだった」。

 

「売春は人類にとって最古の職業」。現代の青線巡礼はその真実味を知らしめる。

 セックス産業の需要が消えるわけでもない、女がいれば営めるのだから参入障壁も

低いといえば低い。にもかかわらず、青線は朽ち落ちた。

 つまり、その街から人が消えたから、その街から金が消えたから。

 この経済原理を露わにした青線地帯が山形は東根にある。神町という。過疎化した

田園地帯には場違いの、堂々たる駅舎を構える。海軍予科練の航空基地の一部を

接収した米軍が、1947年に物流拠点として設けた建物だった。進駐を間近に地域の

警察署長は講演で説いたという。曰く、「何を話しかけられても決して口をきいては

いけない。向こうの人は、愛人以外に笑顔を見せない。下手に笑ったりすると、これは

OKの意思表示だと間違えられてひどいめに遭う」。いざ彼らが村に舞い降りた当日、

「町の中は静まり返り、人々は押し入れの中に隠れ、米兵たちが通り過ぎるのを息を

殺して待った」。そして程なく、パンパンが神町に押し寄せた。

 

「遠洋漁業華やかなりし頃、東京以北最大の歓楽街と言われていた」函館の若松町、

一発屋通りを訪ねる。小料理の看板こそ掲げてはあるが、いわゆるやり手ババアが

売春を斡旋する拠点でしかない。カレンダーに丸印が記されていた。警察の摘発が

入った日を記録したのだと言う。「お客より警察のが多いね」。

 店主の話に耳を傾けつつ、出された缶コーヒーをすする。店内をBGMが包み、

会話が止むと女性歌手の声だけが響く。「華やいだ空気の中でこの歌を聞くと、心が

落ち着いてくる歌だと思うのだが、寒々とした場末の売春街でこの歌を聞いていると、

いたたまれないような気持ちになってくる」。

「襟裳岬」だった。

 これがフィクションの挿入歌なら、あまりの捻りのなさに苦言のひとつも出るだろう。

駄作を極めたようなこの演出が、ところが一周して二周して、もはや時代から置き去りに

された末、比類なき説得力をもって迫る。

 夏草や兵どもが夢の跡。経済成長の蜃気楼としての青線なる磁場がそうさせる。

ディスカバー・ジャパン

  • 2018.03.25 Sunday
  • 21:53

「本書は寅が旅したさまざまな町を辿ったシネマ紀行文集である。実際に行ってみると、

撮影当時の風景がいまだに残っている町、もう消えてしまった町、小さな鉄道がまだ

走っている町、廃線になってしまった町、とさまざまだったが、どこも、はじめてなのに

前に来たことがあるように感じる懐しい町だった。

 瓦屋根の並ぶ町並み、鉄道の小駅、清流、田圃や麦畑、あるいは温泉。山田洋次

監督はシリーズを何本も作ってゆくうちに、高度経済成長によって消えてゆく懐しい

風景のなかを寅に旅させようとしたのではないかと思う。その意味では、『男はつらいよ』は、

消えゆく日本の風景の記録映画でもある」。

 

  わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です――

 

 出発点の柴又からして「昔し町」だった。筆者に言わせれば、「柴又は決して下町では

ない。本来の下町である日本橋あたりの人間に言わせれば、隅田川の向う、さらに荒川

(放水路)の東など、市中から遠く離れた『近所田舎』である」。

 映画の初作は1969年、経済成長の真っ只中、そして後世から振り返れば終焉期、

「急激な都市改造で変わった東京のなかで、この町だけは昔の町並みを残している」。

 そんな辺境を郷里に持ち、テキヤというカタギの周縁を生きる車寅次郎が、「昔し町」に

流れ着くのは必然なのかもしれない。

 奇しくも『男がつらいよ』のはじまりは、蒸気機関車が消えゆくタイミングと重なる。

昭和のフィルムにおいてすら昔の匂いを放つ駅舎が畳まれるのも宿命と呼ぶべきか、

訪問はしばしば自動車に頼らずにははかどらない。

 ところがそんな限界集落で『男はつらいよ』の名を出すと、たちまち話に花が咲く。

ロケ当時の目撃談が次から次に明かされる、まるでつい最近のできごとのように。

「寅の放浪の旅であり、しかも、旅先は、瓦屋根の家や田圃の残る懐しい町が多い。

はじめから古い町を舞台にしているから何年たっても古くならない。繰返しに耐えられる。

新しい風俗を描いた映画が、時間とともに古くなってしまうのに対し、『男はつらいよ』は

新しさを求めないから長く、長く残ってゆく」。

 時代の徒花を主役に据えた映画の磁場では、記録と記憶の時間感覚さえ歪む。

 

 それでもなお、時は流れる。

 1928年生まれの渥美清扮する寅次郎には、学校から落伍してもテキヤという

一応の受け皿があった。対して1970年生まれの吉岡秀隆演じる甥の満男は、

『エヴァ』をはるか先取りするように、ただ一切の不満を自己参照して内に向けて

鬱屈を溜めるより道を持たない。このシリーズに終止符が打たれたのは1995年、

地下鉄サリン事件と同じ。

 浪人中の満男の愚痴をさくらが咎めて言った、という。

「おじさんは社会を否定しているんじゃなくて、社会に否定されているのよ」。

 成員を否定する社会はやがて、その成員によって否定される。

「なんでだろう。涙がでた。」

  • 2017.11.18 Saturday
  • 22:25

 この本が紹介する駅、例えば大手町、例えば神戸。

 とはいっても、それは東京駅と連結した地下鉄ハブ・ステーションでもなければ、

「こうべ」と読む東海道山陽本線の三ノ宮、元町近辺の駅でもない。

 

「大人になって日本中を旅しているうちに、人知れず存在しているのに、心を動かされる

駅があることがわかってきました。僕たちがなぜ、この本で紹介される駅を『すごい駅』と

呼ぶのかというと、それは一般にはあまり知られていないからなのかもしれません。寂れても

なお風格を残す駅だったり、深い山のなかにぽつんとある駅だったり、『すごい』にもいろいろ

あるので、いくつかのテーマを設けて、秘境駅訪問家の牛山隆信さんといっしょにその魅力を

語り合うことにしたわけです。……この本では、僕と牛山さんが実際に訪れてみて感動した

駅を選んでいます。自分たちが感動したからこそ、その駅を多くの人に紹介したい。……

ですから、読者の皆さんには、この本を片手に実際に駅を訪れてみてほしい。われわれが

感じたことを、自分の目や耳で確かめてみてほしい。人によっては、われわれと違うことを

感じられるかもしれません。でも、それが駅めぐりの醍醐味ですから。駅の面白さを、自由に、

のびのびと味わってほしいんです」。

 

 原著は2007年にメディアファクトリーから刊行されたものだという。

「訪れてみてほしい」との願いは既にいくつかの駅においては叶わぬものとなっている。

 それも本書の定義する「すごい駅」の性質上、仕方のないことなのだ。

 多くの人が利用する駅ならば、安全性やバリアフリーといった点から、改装せざるを得ない。

利用者に乏しいからこそ回すべき予算も生まれず、結果的に木造の佇まいが残る。

 人の手が入らないからこそ、雄大な景色を担保することができる。必然、住人はまばら。

 万が一多くの人が訪れて金が落ちて、何なら開発、移住が進んだ日には、それはもはや

「すごい駅」ではいられない。

 廃止と紙一重ゆえにこその「すごい駅」、そしていくつかは既にその一線を超えた。

 明治開業の木造駅舎が登録有形文化財指定を受けた嘉例川や、五能線のブームで一躍

脚光を浴びた驫木のように、限界駅であるがゆえにこそかえって観光材として生き残れる

駅とてパイは限られている。

 そう思えば、不思議と本書が鉄道文化の歴史を閉じ込めた貴重な記録とすら見えてくる。

墓のうらに廻る

  • 2017.11.14 Tuesday
  • 23:09
評価:
小池 壮彦
河出書房新社
¥ 1,728
(2016-03-28)

「本書では、その土地の起伏が生んだ人の記憶に焦点を当てている。

 子供のころ、『川向こう』という言葉をよく聞いた。仄暗いニュアンスの表現で、子供心に

禁忌の匂いを感じていた。その記憶の淵源をたどると、川を境界として棲み分けた太古の

人々の精神文化の違いに行きつく。高台と低地でも住人の意識は異なっていた。

 人のいとなみが、古来、地形によって左右された。丘の上には神を祀り、崖には横穴を

掘って死者を葬った。そうした場所にはいまでも古い神社がある。

 幼いころに大人から聞かされた幽霊話は、なぜかいつも低地を舞台にしていた。

その近くを流れる川には、いつから伝わるとも知れない乙女の入水伝説があった。

 そうした事柄の背景をひもときながら、いつも歩く散歩道をあらためて凝視し、アスファルトの

下に埋もれた歴史の記憶を掘りおこしてみたのが本書である」。

 

 その地に人が生きたということは、つまり、その地に人が死んだということである。

 土地をめぐる禍々しい伝承を道連れに、あえて現代の街を散歩する。死人に口なし、と

原形となる事件の墓荒らしに励むでもなく、とにかく筆者は散歩する。

 怪談を愉しむことと、霊感を信じることはまるで別。

 本書のスタンスは終始はっきりしている。それは以下のマニフェストに現れる。

「伝説が事実をはらむかどうかは、あまり気にしなくてもいいのである。むしろ伝説の内容とは

関係なく、物語を生んだ土壌を考えればいい」。

 ここにおいて「土壌」に問われるのは、「伝説」を語り継がせる説得力に他ならない。

 

 2012年のこと、新宿区のマンション建設現場で、浅い地層から人骨が数体発見された。

 一般に、土壌の酸によって、骨は100年もすれば溶けてしまう。それがくっきりと原形を

留めた姿で複数出土した。ある者は囁く。「近くに防衛省もあることだし、人体実験の

痕跡ではないの?」と。

 果たして真相は、縄文時代の人骨だった。彼らが食しただろう貝殻の炭酸カルシウムが

土壌を中和したと目される。さらに人が絶えず暮らし続けたために、酸性化をもたらす

植物が根を張れなかったことも重なっているようだ。

 さらに骨は語る。炭素年代測定が知らせたものは何も時期に限らない。ある遺体は主に

山の幸を、また別のものは海の幸を食べていた、という。「食習慣の違いは、文化の違い、

あるいは民族の違いにつながる……つまり異なる文化の人が共生していた可能性がある」。

 物語を伝播する資格は、ことばに限られるものではない。

 

 そして今日、スクラップ・アンド・ビルドの狂気はさらに加速する。土地の記憶はやがて

アスファルトとコンクリートに覆い尽くされ漂白される。代わって与えられる物語と言えば、

時々の消費喚起のためのストーリー・マーケティング素材の他に何もない。

「太古から人が住んだ。必然的にその名残があり、地面の下には死体がある。人が生きて

死んだ記憶が埋もれている。

 埋もれた記憶の表層を私たちは日ごろから歩いている。

 かくして散歩は記憶の旅である」。