100万ドルチャレンジ

  • 2017.05.11 Thursday
  • 22:02
評価:
マーカス デュ・ソートイ
新潮社
¥ 810
(2015-12-23)

 ウェル・メイドって、時としてものすごく気持ち悪い。

 

「この本では、みなさんをいくつかの旅にお連れする。各章で数学における大きな

テーマをひとつ取り上げ、最後に、数学史上かつてない難問とされているものの

なかから、未解決の謎をひとつ紹介しよう。……第1章では、数学のもっとも基本的な

対象である数そのものを取り上げて、数学にとってもっとも重要でありながらもっとも

謎の多い素数を紹介する。……第2章では、サイコロ、泡、ティーバッグ、雪の結晶と

いった自然が作るすばらしくも奇妙な形を巡る旅に出よう。そして最後に形に関する

最大の謎――わたしたちのこの宇宙はどのような形をしているのか、という問題を

取り上げる。……第3章では、論理や確率に関する数学を知っていると、ゲームを

するときにいかに有利になるかを説明する。……第4章では、暗号学を取り上げる。

昔から、秘密のメッセージを判読する際には数学が鍵となることが多かったが、ここでは

数学を利用した新たな暗号の作成法を紹介する。……第5章では、誰もができれば

いいのにと心から望んでいること――未来予測を取り上げる。ここでは、なぜ数学の

方程式が優れた占いの道具になるのかを説明する」。

 

 本書のテーマの最終到達地点はいずれもがいわゆる「ミレニアム懸賞問題」。

 とはいっても、そのWikipediaの各項目を開いてみても、何を言っているのか、

少なくとも私には皆目見当もつかない。例えば「P≠NP予想」は、「計算複雑性理論

(計算量理論)におけるクラスPとクラスNPが等しくないという予想」だという。

より詳細に書かれた英語版を読んでも霧はますます深まるばかり。

 ところが本書にかかれば様子は一変、この問いを扱った第3章は、じゃんけんを

導入に、カジノ、サイコロ、モノポリー、数独などに立ち寄りつつ、気づいてみれば、

問題の核心へと誘われている。「組み合わせの候補をしらみつぶしにあたらずにすます

うまい方法はないものなのか」、そのアプローチを示せても100万ドル、そんな虫のいい

手段などないことを証明できても100万ドル。

 

 ただし、この手の数学概説書が世の中に行き渡っているせいなのだろうか、

極めて身近な具体例なども含めて、その語り口にいちいち既視感がつきまとう、

このレーベルの既刊の切り貼りだけでも本書が再現できそうなほどに。

 たぶんそれは分かりやすさをめぐる試行錯誤を経て洗練を得た証なのだろう、

他方で定型化、硬直化し切った過剰接待の講習会にでも参加させられているような

いたたまれなさもどこか否めないのだけれども。

ドクター・ストレンジ

  • 2017.04.03 Monday
  • 21:04

 本書の原題は、Deciphering the Cosumic Number: The Strange Friendship of

Wolfgang Pauli and Carl Jung

 

「排他原理」をもってノーベル賞を手にした物理学者の周辺で囁かれていた現象に

「パウリ効果」なるものがある。これは「パウリが研究者の道を歩みはじめた当初から、

彼が実験室に入ってくると実験装置がひとりでに動かなくなってしまう」という現象。

あるいは、とある講演前のできごと、パウリとの食事を終えた知人3人がそれぞれ別の

手段で会場に向かう途中、異なる仕方でトラブルに遭う。俗に「多重パウリ効果」と言う。

そして「パウリ効果のきわだった特徴は、パウリ自身にはけっして累が及ばない」こと。

 そんなオカルトが飛び交う魔空間にあって、彼らは真剣だった。

 パウリが言うに、「『われわれはいまでは確かに自然科学を手にしているが、もはや

全体的な科学的世界像を失ってしまった。物理学は原理的には全世界を理解できると

主張してきたが、作用量子が発見されて以降、徐々にその誇り高き主張を放棄せざるを

えなくなってきている』。パウリが望んでいたのはただ一つ、量子力学とユング心理学の

結合だった」。

 

 パウリとユングが取り組んだテーマのひとつに、「3から4への移行」というものがある。

 古くはケプラーとフラッド、「宇宙の仕組みを理解する上で不可欠の重要な数」として

それぞれ34を論争した。時を下りパウリ自身が別の問題において両極に立たされる。

「ボーアとハイゼンベルグはかたくなに、電子の量子数は3つしかありえないと主張して

いた。だがパウリは……量子数は4つでなければならないと実感していた」。

 他方、ユングもやはり彼の方法論に従ってこの「3から4への移行」問題に遭遇する。

それは例えば、奇数、3に象徴される男性原理がもたらす意識の克服は、女性的な

4によって果たされる、との仕方で。「いまや本質が女性である無意識を解き放ち、

34へ変えることによって、バランスのとれた状態を生みださなければならない」。

 物理学と心理学双方に、「3から4への移行」が現れるのは必然だった、少なくとも

彼らに言わせれば。なぜなら世界は「元型」によって司られているのだから。

 

 そしてパウリはやがて新たな数に辿り着く。137

 あのR.ファインマンをして「人間にはまったく理解不能な魔法の数」と言わしめた、

量子論に憑依する定数のひとつ、微細構造定数、1/137

 他方カバラの世界、「古代ヘブライ語では、数は数字ではなく文字で表わしていた。

……カバラを表わすヘブライ語は、それぞれ5302100の数値をもつ4文字から

なる。つまり、それらの数値を合計すると137になるのだ!……カバラの重要な2つの

言葉は『知恵』と『神のお告げ』だが、前者はヘブライ語では73の数値をもち、後者は

64である。2つを合計すれば、これも137である」。

 さらに、パウリの眼前にも137が現れる。激痛に苛まれて運び込まれた病院の一室、

彼は確信する、「私がここから生きて外に出ることは絶対にない」ことを。なぜならば、

そこが137号室だったから――

 

 諸学の統合を夢見て、あるいは倫理の基礎づけを夢見て、そして破れた者たちの物語、

デボラ・ブラム『幽霊を捕まえようとした科学者たち』を思い出す。

 バカげたオカルトと笑うのは簡単、では普通に世界を見るって何?

 十人十色、それぞれに映る世界はそれぞれの仕方で現れる。

 相対化せざるを得ない世界、そしてなぜか厳然と天を統べる1/137。それと同じように、

崇高なる道徳律が深く万人の胸に刻まれることは果たしてありえないのだろうか。

 そんな知的誠実が本書を、パウリを貫く。

髪ってる

  • 2017.03.16 Thursday
  • 19:39

「毛の全体像を伝え、毛がこれまでに果たしてきた、そして今も果たしつづけている人類の

生活における役割を紹介する本を書きたいと思ったのである。毛は、人類の太古の祖先に

とって環境から身を守るための壁として進化を遂げた。現生人類は進化の過程で体毛が

薄くなったとき、近くにいる哺乳動物の皮と毛を奪い、体を覆った。やがて、人類は、布と

しての利用をはるかに超えた、獣毛の幅広い利用法を見つけていく。毛は、その固有の

性質ゆえに、人類の進化や社会におけるコミュニケーション、歴史、産業、経済、科学捜査、

芸術をある意味で方向づけてきた。本書で扱うトピックは広範囲に及び、社会的な

メッセージの発信手段としての役割だけでなく、人類の歴史、経済成長、芸術表現、

科学捜査、考古学、科学、産業に毛が与えた影響も取り上げる」。

 

 もしホモ・サピエンスに、例えばチーターのような被毛が生えていたならば?

 答え、そもそも「進化が妨げられていたことだろう」。

 もし保温性の高い毛が覆っていたならば、「すばやく体から熱を逃がすことができない

ために熱中症になってしまう」。ところで「ヒトが効率よく進化を遂げた鍵は大きな脳……に

あったが、脳組織は体温の上昇にきわめて敏感であるため、問題が複雑になった」。

脳と毛はトレード・オフ、果てしなく薄い被毛こそがまさにヒトのヒトたる所以。

 

 とはいっても、防寒着は欠かせない。かくして人間は他の動物の毛に標的を定める。

 例えば16世紀のヨーロッパではビーバーが帽子に重宝された。その人気のあまり、

乱獲によりほぼ絶滅した土地を離れ、新大陸に「ビーバー・ラッシュ」が巻き起こる。

獲物を求め西を行く。「毛皮を追い求めるがゆえに、毛皮の供給源と市場のあいだを

往復するうち、毛皮商人はアメリカ先住民の足跡をたどりつつ、大陸の地図を描いた。

それがのちにヨーロッパ人による入植に役立った。……事実、カナダの5セント硬貨には、

その重要性を称えてビーバーのデザインが施されている」。

 

 たぶん読者が一番に期待する「毛」の情報といえばやはり頭髪、そして筆者の経歴も

その道のパイオニア研究者。毛の構造や生え変わりの仕組み、床屋やかつらなどの

文化史から増毛技術の未来まで、その幅は極めて広い。iPS細胞やナノテクノロジーが

薄毛を救う、そんな日が来る。あるいは逆に、遺伝工学は脱毛のあり方も一変させる。

 

 とはいえ「本書で語られる物語は、はるかに大きな物語のほんの一部にすぎない」。

よく言えばシンプルで明快、ただし率直な印象としてはやや薄味の感は否めない。

ガッテン!

  • 2017.03.13 Monday
  • 20:47

「なぜ植物が……私たちにとって有益な物質を作るのか、どのようにして作るのかが

解明されてきたのは、比較的最近のことです。分子生物学やゲノム科学という先端的な

科学の発展によって、植物の巧みな生存戦略に隠された、植物成分を作る意義と

その方法がわかってきました。

 そこには、40億年の生命の歴史に隠された植物のしたたかな戦略と、人間も含めて

同じ環境に共存する生命との巧みな相互作用(協力関係や敵対関係)があったのです。

 これらの秘密を知ることによって、私たちは今までに植物からどのくらい恩恵を受けて

きたのか、今後どのように植物を含む地球上の生命体と共存していけば良いのかに

ついて、示唆が得られることと思います」。

 

 筆者は甘草をはじめとした生薬の研究者、ということで、家庭の医学の延長線上の

至って身近なトピックに終始するのか、と思いきや、なかなかどうして、本書において

展開されるのは、生化学の前線風景。

 現代ゲノム研究は例えば「薬用植物から有効成分の生合成に必要な遺伝子を単離し、

それを用いて酵母など微生物での生産と化学的変換を組み合わせ、抗マラリア薬を

効率的に作ること」を可能にした。しかし、この手法が有効なのは何も生成メカニズムの

解明ばかりではない。薬への耐性獲得の変異プロセスは、自然の歴史の中でしばしば

先取りされている。そこでもし「突然変異を予知できれば、先手を打って、より有効性の

高い優れた薬の開発が可能になるかもしれません。植物が人間よりも長い時間をかけて

進化させてきた優れた知識を、人間のために有効利用できるのです」。

 

 自然のものって、きっとからだにやさしいはず。

 ……いやいやいや、モルヒネだって、ニコチンだって、現代の多くの抗ガン剤だって、

アスピリンだって、天然由来です。

 なんてレベルから、先端の遺伝研究まで。

 そもそも植物は何のために、どうやってそんな多様な物質を生み出しているのか、を

基本平易な表現で、時に術語を織り交ぜながら語ったテキスト。

 あるいはこの読書経験が、そこらの雑草の見え方を変えてしまうことだってあるだろう。

 とてもとても侮れない一冊。

「のけ者」

  • 2017.01.28 Saturday
  • 21:25

「本書は、がんの歴史書であり、がんという太古からの病――かつて『陰で囁かれた』

秘密の病――の年代記である。隠喩的、医学的、科学的、政治的な潜在力に満ちた、

絶えず形を変える致死的疾患であるがんは、しばしば、われわれの世代を特徴づける

疾病だと表現される。本書は、真の意味での『伝記』であり、この不死の病の思考の

なかにはいり込んでその性質を理解し、その挙動を解明しようとする試みである。しかし、

私の究極の目標は、伝記を越えた先に一つの疑問を投げかけることにある。いつか、

がんが終焉を迎える日は来るのだろうか? この病をわれわれの身体と社会から永遠に

消し去るのは可能なのだろうか?」

 

 象牙の塔から生み出される官僚機構的な知の体系、外部からはしばしば想像される

そんな研究風景とは対照的に、大いなる前進をもたらすパラダイムシフトは往々にして

「のけ者」の手からもたらされる。

 例えば、朝鮮戦争の兵役を逃れるべくアメリカに渡ったとある中国人研究者は、当時の

一般的なガイドラインに従えば「完治」したはずの患者に対しても、「がんの指紋」である

微量のホルモンが血液から採取されたことを根拠に投薬を続けた。「すでに腫瘍が消えた

患者に対して化学療法をさらに追加し、非常に毒性の強い毒を副作用が予期できない

ほど大量に投与するなど、患者に毒を盛っているのと同じだった」。かくして彼は解雇され、

ところが数か月後、彼の方針の下で治療された患者から再発が見られなかった。彼は

「腫瘍学の根底に横たわる原則を偶然発見した。がんの全身治療は、あらゆる肉眼所見が

消えたあとも長期間にわたって続けなければならないという原則だ」。

 がんと一括りに言っても、その性質はそれぞれ寄生する宿主に依存する、そんな発見も

主流に遠い「のけ者」が偶然にたどり着いたものだった。日々イヌと接しつつ、前立腺液の

研究に励む分泌科医に訪れた閃きの瞬間、「テストステロンの枯渇が正常の前立腺細胞を

縮小させるなら、同じくテストステロンの枯渇によって、がん細胞はどのような影響を

受けるだろう」。当時の通説に従えば、がんは「常軌を逸した制御不能な変質細胞であり

……正常細胞を制御するシグナルやホルモンなど、もうとっくの昔に忘れ去られている」。

しかし実験結果は臆見を裏切る。前立腺のがん細胞の「依存の程度はあまりに激しく、

テストステロンからの急激な離脱は、考えうるもっとも強力な治療薬と同じ効果をもたらした」。

そしてこの研究は女性ホルモンと乳がんの関係にも持ち込まれ、不妊薬としては役立たずな

代物が一転、患者に寛解の時を与える。

 保険制度の改革とて、「のけ者」にされた患者の悲劇に端を発する。「1980年代末までは、

実験的な薬や治療法といったものは文字どおり実験的であり、広く一般的に使われなくて

当然だと考えられていた。だがエイズ活動家がその考え方を変えた」。臨床実験をパスして

FDAの認可を待つ時間など患者にはない、「治験段階」なんてことばは保険金の支払いを

拒絶するための方便にすぎない、と。結果、法廷闘争は遺族に8900万ドルの損害賠償を

もたらし、ただし他方、この判決とそれに基づく法改正は思わぬ副作用を生んだ。有効性の

証明のために必要な「治験」そのものが遂行の危機に立たされることとなったのだ。対照群を

一体誰が引き受けよう、かくしてもはや「臨床実験のための患者は一人もいなかった」。

 

「医学は物語るという行為から始まる……患者は病気を描写するために物語り、医者は

病気を理解するために物語る。そして科学は、病気を説明するために独自の物語を語る」。

 科学史、社会史として既に優れたこの読み物にさらなる深みを加えるのが、医師である

筆者によって差し挟まれる実体験のエピソード。それは時に、現行の手法と積み重ねてきた

歴史との連続性を示唆するものであったり、あるいは患者や彼自身に訪れる喜怒哀楽の

瞬間のタペストリーであったり。この記述が全体に占める比率で言えば1割にも満たない、

しかし「物語る」という本書の仕方に、かけがいなき味わいを添える。

 

 もちろん、本書の話題は必ずしも希望に満ちたものばかりではない。

 医療にせよ、社会政策にせよ、そこには現代的な問題提起も多分に含まれる。遡ること

200万年前の人骨にすら、がんを疑わせる痕跡が観察される、そんな人類史をも包み込む。

あるいはより個人的なイシューとして、毒をもって毒を制す化学療法による寛解が与える

数か月とクオリティ・オブ・ライフや家計の衡量、なんてことを考えさせられることもあるだろう。

自然科学やイノヴェーションをめぐる教訓も当然認められるに違いない。

 上下巻計約1000ページの大著、そのヴォリュームの必要を納得させるだろう一冊。

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