麦秋

  • 2018.12.14 Friday
  • 23:20

「おなじ雑誌をしばらくだしつづければ、ふつう、ひとはあきて、なにか別の

ことがやりたくなる。でも花森安治はちがう。おなじ雑誌をあきることなく

30年間、基本的にはおなじスタイルでだしつづけ、ほとんど独裁者といって

いいほどの権威と権力をもって自分の砦に君臨しつづけた。

 しかも、たんに独裁的なマネージャーというのではなく、かれは群をぬいて

有能なプレイング・マネージャーだった。

 毎号、おおくの記事やキャッチコピーを書くのはもちろん、イラスト、描き文字、

レイアウト、写真撮影、新聞広告や電車の車内吊り広告、そして企画から

現場での編集作業まで、そうしたすべてを花森は自分ひとりで、しかも、ひとには

決してまねできないようなクセのつよいしかたでやってのけた。

 いってみれば、雑誌編集のダ・ヴィンチ型万能人である」。

 

 その才覚を示すには、花森が手がけたこのコピーを引くだけで足りる。

 ぜいたくは敵だ!

 そんな男が戦後の焼け跡で、『暮しの手帖』を立ち上げた。とはいえ、企画は

ひょんなことから彼のもとへと持ち込まれたものだった。仕事を受けるにあたって

「執行猶予された戦争犯罪人」は言った。

「今度の戦争に、女の人は責任がない。それなのに、ひどい目にあった。

ぼくには責任がある。女の人がしあわせで、みんなにあったかい家庭があれば、

戦争は起こらなかったと思う。だから、君の仕事にぼくは協力しよう」。

 とはいえ、伏線は戦前の、それも大学の卒業論文にたどることができる。

 このなかで彼は「衣粧」なることばをつくり出し、それを規定する要素として

風土、階級、性別をならべ、それぞれに検討をすすめる。

「若しも女性が優位を占め男性がそれに依存する社会を考へるなら、

恐らく女性の衣粧は簡素な実用的な形式をとり、これに反して男性の

衣粧は、しなやかな、線の柔い、優雅な形式を持つに至るであらうことは

考へ得られないであらうか」。

 花森と「暮し」の出会いは、敗戦のもたらした必然だった。

 

「暮し」の開拓者である花森は、ただし消費社会の礼賛者ではなかった。

工業化と引きかえに公害が影を落とした時代、彼は謳った。

「民主々義の〈民〉は 庶民の民だ

 ぼくらの暮しを なによりも第一にする ということだ

 ぼくらの暮しと 企業の利益とがぶつかったら 企業を倒す ということだ

 ぼくらの暮しと 政府の考え方がぶつかったら 政府を倒す ということだ」。

 

 その歩みを知るほどに、どうにもあるひとが重ならずにいない。

 小津安二郎。

 佐分利信の囲むお座敷がさながら戦争へと導いた男性原理とするならば、

その清算は原節子によって表される女性原理を通じて果たされる。いずれにも

つけぬまま、パチンコや麻雀で暇を持てあます一般人が笠智衆というところか。

 時にマンネリと批判されつつも、同じようなシナリオで小津が撮り続けたのも

「暮し」だった。直接にその記憶が描かれることはなくとも、「暮し」をカメラに

とらえる営みのひとつひとつが、体験世代にとっては、戦争を透かさずにいない。

 晩年の花森のことばから。

「戦争を起こそうというものが出てきたときに、それはいやだ、反対すると

いうには反対する側に守るに足るものがなくちゃいかんのじゃないか。……それで

ぼくは考えた。天皇上御一人とか、神国だとか、大和民族だとか、そういうことに

すがって生きる以外になにかないか。ぼくら一人一人の暮らし、これはどうか。

暮らしというものをもっとみんなが大事にしたら、その暮らしを破壊するものに

対しては戦うんじゃないか。つまり反対するんじゃないかと」。

土曜の昼、午後3時

  • 2018.11.18 Sunday
  • 20:11

人間特有の悩みっていうのを、数週間だけ消しちゃうって楽しそうじゃない? 

まさに、今その時だけを生きるんだよ。自分がしでかしちゃったことを悩んだりとか、

自分が何をすべきかなんてことに頭を痛めるなんて、ヤメだ。……人間をお休み

しちゃうってどうだろう? 人間の世界のややこしい物事から逃げて、本当に必要な

ものだけで生きていく。文明の罠に陥ることや、複雑なものごとはすべて捨てちまえ。

地球上を軽やかに歩き回るんだ。血まみれの苦しみなんて、おさらばだ。

地球上の緑の植物から、喜びとともに栄養を得るんだ。身近な環境に同化し、

少しの草を食べ、地面で寝る、それだけでいいじゃん? 山々を移動し続けること、

それは自由だ! 少しの間、動物になれたら、すごくない?」(太字は原文ママ)。

 

 ということで、『ゼロからトースターを作ってみた結果』に続く、バカのふりして

やってみたシリーズ第2弾。そして例によって、専門家にヤギになるべくお伺いを

立てて回る。そして結果、何も考えないというスタンスとはおよそ対照的な、

動物行動学、生理学の研究知見が浮上する。

 

 少しだけ筆者に倣い、近場の公園の動物コーナーで、ヤギを観察してみる。

 モルモットを膝に抱えての餌やり体験――食欲のない口に野菜がねじ込まれる

プチ地獄絵図――、ポニーの乗馬体験――抽選に外れたちびっこが泣きじゃくり、

それにつられて他も泣き出す阿鼻叫喚――に小さな野獣と飼い主が列をなす中、

間に挟まれたヤギブースは人気も疎ら。我関せずとシエスタを貪り楽しむように

5匹揃って寝そべっているだけなのだから無理もない。

 見どころないな、と思いつつ、とりあえず観察してみる。三白眼の呪い殺されそうな

顔立ちを想像していたけれど、あれ、案外かわいい。なるほど寝ていてくれると、

「後ろ脚の膝のあたりにある関節は、実際のところ踵なのだ」ということがよく分かる。

 たったひとりの観客向けのサービスか、徐に重役出勤を開始。

 二足歩行の練習か、スタンドアップのデモンストレーションを見せてくれる。

「人間である我々が広く手足を、特に足を制御している一方で、ヤギによる制御と

筋肉はすべて前半身に集中していて、弾力性のみを後半身が司っています」。

 ほんとかな?

 その賢さを示すエピソードが紹介される。

「ヤギが差し錠を動かして、囲いから出る方法を学んでしまった」。

 ほんとっぽい。

「常にケンカをして奪い合いになることを避けるための方法が、厳格な序列だ。……

頭突き、頭突き、ドーン! ガツン! ってわけじゃない」。

 ほんとかな?

野生のヤギは、家畜化された最初の動物となった……世代を重ねるうちに、

捕らえられた野生のヤギが徐々に、遺伝子的にも人間を怖れなくなり、人間に対して

攻撃的でなくなっていった。……〔家畜化が進むと〕一般的に、角と歯が小さくなり、

体格が貧弱になり、顔がより平らになり、耳が柔らかく垂れるようになる傾向があって、

成長したヤギでも子ヤギのような振る舞いをするようになる」。

 たぶん、ほんと。他人様にカメラを向けるのは失礼なので撮ってはいないけれども、

私のこの日のハイライト。掃除のためにスタッフの方がブースの中に入ろうとすると、

ヤギがその青年を囲むように集まってくる。どう見ても、慕っている、という以外に

この光景にキャプションをつけることは難しい。群れの姐御に違いない白いヤギの

腹を撫でている様子を他がじっと眺めている。

 よく晴れた土曜の昼下がりの公園で、ほとんど宗教画のような。

Imagine

  • 2018.11.08 Thursday
  • 22:47

「民衆の先頭に立ち、演説会を開けば毎回何万もの人を集めた男。/その名は、

瀬長亀次郎。/……2代前〔出版時、引用者注〕の県知事・稲嶺恵一は、

亀次郎とは政治的立場を異にしながらも『抵抗の戦士のイメージ』とその功績を

讃える。/ぶれない姿勢に感銘を受け、亀次郎の活動を支えた仲松庸全は、

/『命を捨てているから何も怖くはない』/と、その生き様を振り返った。/……

亀次郎の次女・内村千尋は、父の姿をこう見ている。/『沖縄の人を統一させる、

団結させることに専念を注いでいた人でした』/立ち向かったのは、戦後沖縄を

占領した米軍の圧政だ。/祖国復帰へ向けて、民衆をリードした瀬長亀次郎――。

/それは米軍が最も恐れた男だった」。

 

 あえて最初に本書の難点に触れておく。

 めくるたび明かされる「不屈」のエピソードの数々が聖人伝に過ぎるのだ。

 本書を読めば多くの者がおそらくはただちにネルソン・マンデラとの共通性に

思いを馳せるだろう。ただし、この南アフリカの巨星が放つ魅力は、少なからず

単に聖人君主の域に落ち着くことを知らないクセモノ感に由来する。

 内に闇を孕めばこそなおいっそう光は映える、奇しくもそれは獄中の亀次郎が

読んだジャン・ヴァルジャンのように。

「アトムは完全ではないぜ。なぜならわるい心をもたねえからな」。

 

 報道記者の著作物として、ここまでの肩入れを示すというのはいかがなものか、と

首を傾げてしまう。だが同時に、かくなる傾倒へと巻き込まれていく筆者の心情も

理解できないことはない。折々に引用される演説や議会における亀次郎のことばに

それに値するだけの説得力を見出さずにはいられないのだ。

 ジキルとハイドよろしく、ポツダム宣言はふたりの落とし子を沖縄の地に送る。

 無論ひとりは亀次郎。彼の率いた人民党の綱領に例えば以下の表現が見られる。

「ポツダム宣言の趣旨に則り、あらゆる封建的保守反動と闘い、政治、経済、社会

並に文化の各分野に於て民主主義を確立し、自主沖縄の再建を期す」。民主主義、

法の支配、国家的自立――彼を覚醒させたのはポツダム宣言だった。

 そして相対するものとしての米軍、何もかもやりたい放題だった。6歳の少女を

米兵がレイプの上、惨殺しようとも、身柄は軍へと引き渡されたきり、「どう罪を

償ったかもわからない」。「暗黒裁判」で亀次郎を刑務所へと送り込むことさえも

厭わず、刑期の終了後、那覇市長選挙に打って出れば、上空からデマゴーグの

中傷ビラをまき散らす。当選を決めるや否や、米軍が株を牛耳る銀行に市への

融資や口座の凍結を実行させる。水道の供給も遮断する。果ては高等弁務官の

職権による法改正、不信任決議要件の緩和や前科者の被選挙権剥奪に踏み切る。

 

 無法者に法をもって対峙する。ポツダム宣言によってこじ開けられたパンドラの箱は

災厄の限りをばらまいて、ただし最後に希望を残した。

 例の預金封鎖には後日譚がある。決定から間もなく、市役所に長蛇の列ができた。

「いじめればいじめるほど、瀬長市政を守れと、市民は団結する。自然に自発的に

納税に来る。各支所でも行列ができた。アメリカという専制支配者に対する抵抗の

姿ですよ。全国的にも市民が納税運動を起こすなんて聞いたことがない」。

 かくして納税率は驚異の97パーセント、自己財源で都市開発予算を可決させた。

 ひとりの「英雄」はただし、触媒に過ぎない、だからこそ本書は荒唐無稽を極めた

神話化の堕落を紙一重免れる。

 民主主義とはすなわち、各人を奇跡の当事者へと変えるその権能を指す。

 

「この瀬長ひとりが叫んだならば、50メートル先まで聞こえます。

 ここに集まった人々が声をそろえて叫んだならば、

 全那覇市民にまで聞こえます。

 沖縄70万人民が声をそろえて叫んだならば、

 太平洋の荒波を越えてワシントン政府を動かすことができます」。

炎上女王

  • 2018.10.19 Friday
  • 23:33

「なぜこれほどまでに、コンスタンツェは否定的なまなざしで受けとめられてきたのか?

 この疑問を解くべく、本書ではまず、コンスタンツェの実家であるウェーバー家、および

彼女の生涯を概観する。……そして――ここからがこの本の真の目的であるのだが――、

彼女が数あるモーツァルト伝やモーツァルト関係のメディアにおいて、どのように描かれ、

どのように評価されてきたのかを追ってゆく。なぜ[アルフレード・]アインシュタインは

彼女を『蠅』と呼んだのか、なぜ彼女はヨーロッパから見れば遥か東の島国においてさえ

『悪妻』というレッテルを貼られるようになったのか。コンスタンツェに関する受容史を

探るのが、じつは本書最大の狙いにほかならない。

 それにしても、人はコンスタンツェにいったいなにを見てきたのだろう? またそのような

視線のなかに、人はどのような想いをこめてきたのだろう? 『悪妻』と呼ばれつづけてきた

ひとりの女性をめぐって、人間の抱える複雑な羨望と嫉妬を解き明かしてゆきたい」。

 

 ヴォルフガンク・アマデウスの死に際して、葬儀を催すどころか遺体を教会墓地へと

見送ることさえしなかった妻が、それから一週間と経たないうちに、皇帝に年金嘆願書を

申請する。さらには、著作権の概念すらも確立されていないような時代に、夫の遺した

楽譜を餌に出版社を天秤にかけ、見事ひと財産を築いてしまう。

 あるときは夭逝せり天才の妻として、またあるときは再婚相手の「ダンネブロー騎士」

(デンマークの勲章)夫人として、その肩書を巧みに使い分けてみせる。

 コンスタンツェのふるまいは、そのいちいちがある種の人々の癇に障ってたまらない。

 そこには二つのメカニズムが作用するものと見られる。

 ひとつには聖なるミューズに愛された天才の俗なる部分を下支える「世話女房」として、

凡庸な引き立て役を割り振られた存在としてのコンスタンツェ。彼が遺した稚拙な手紙の

数々もすべては妻の愚劣によって説明される。夫の聖人化が極致へと向かうほどに、

その対立軸に座する妻は地位を貶められていく。その関係は、あるいはナザレのイエスを

救世主キリストに仕立てるべく要請されるユダとのそれに近いのかもしれない。

 もうひとつの尖鋭化された要素は、「近代社会は、人間が神に支配されるのではなく、

むしろみずからが小さな神となることによって繁栄を遂げてきた」、その心性に由来する。

「神は死んだ」、この事態に瀕して、かのフリードリヒ・ニーチェは「超人」たることを求めた。

文字通り、人を超えてかつて神が担っただろう高みを目指すことを彼は謳った。ところが、

世の人々は別の仕方で「小さな神」たらんことを実現した、つまり、自身の見下すもの、

気に食わないものを徹底的に叩くことによって、それはまるで今日のネット炎上のように。

 モーツァルトを愛するとはすなわち、その曲に秘められた「或るもの」を感知できる自分を

愛することに他ならない。あたかも「愛国心」に似て、このナルシシズムを完遂するためには、

「コンスタンツェという、モーツァルトにたいする教養も知識も理解ももちあわせず、そこから

判断するに愛情にも欠けていたと思われるアンチ・リファレンスが必要なのである」。

 

 

 炎と怒りの祭典に捧げられた生贄へのせめてもの慰めに墓前にバラを手向けよう。

 桃のような甘美な香りを振りまく、この花の名を「コンスタンツェ・モーツァルト」という。

「ない仕事」の作り方

  • 2018.10.15 Monday
  • 23:55

「ぼくが無数のコレクション遍歴をたどってきた果てにたどり着いたのは、エアコレクターの

境地だった。

 何も集めないコレクター。溜め込むことからの解放。

 冒頭にも書いたように、古本に興味を持った中学時代から、古本屋という商売には

憧れがあった。だけど、それは単に『一日中、古本に触っていられる』とか、『暇そうだ』とか、

そんな程度の理由でしかない。

 ところが、エアコレクターという概念を発見し、そこであらためて古本屋を商売にする

ことを思いついた時の衝撃は忘れられない。

 それはすなわち『永久機関』の発明にも等しかった。

 溜め込むことさえしなければ、永遠に本を買い続けることができる!」。

 

「集める行為が好きなだけで、集まったものには興味が向かないのだ」。

 本書の大部分を占める蒐集家論というのは、概ねこの一言で説明がついてしまう。

 モノではなく、コト。

 そして、このプロセスの興奮を外部に向けて発信、伝達するというのはひどく難しい、

本書を読んでつくづく感じる。筆者のコレクター遍歴を自ら辿り綴っていくのだが、

皮肉にもそれはモノの履歴に終始してしまい、コトの歓喜を呼び覚ますには至らない。

 他人にどう映っているかが分かっていない、典型的なオタクのありさまを反転させて、

顧客層にどう見えるかをコントロールする市場向けパッケージングに精通すれば、

それはそれで、サブカルなる語の定義ってつまりみうらじゅんの集金活動でしょ、という

例の白々しさに終始せざるを得ない。

 

 その上で虚をつかれるのは、マニタ書房開業までの過程――いみじくもコト――を

凝縮した1章の重厚感にある。

20121027日、ぼくは古本屋をはじめた」。

 この日付、亡き伴侶の一周忌でもある。開業資金は妻の死亡保険金だった。

「死んだ妻が、ぼくの夢を叶えてくれたのだ」。

 そして奇しくも始動から6年を迎える2018年のこの日、店を構える古本の聖地・神保町で

ブック・フェスティバルがはじまる。

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