我田引水

  • 2017.11.07 Tuesday
  • 21:56

「ほんの数か月前まで、わたしは黒島の存在すら知らなかった。

 この島のことを知ったきっかけは、ある映画監督の手がけた『黒島を忘れない』という

タイトルのドキュメンタリーとの出会いだった。

 19454月から5月にかけて、18歳から24歳の6人の特攻隊員が、黒島に

流れついた。鹿児島の飛行場から、激戦地、沖縄を目指して飛行機で飛び立った

ものの、何らかの理由で不時着した若者たちだった。なかにはひん死の重傷を

負った者もいた。そんな彼らを、島の人びとが懸命に介抱し、そのいのちを救った。

助かった元特攻隊員と、島の人びととの交流は、戦争から70年経った今も続いて

いる――。戦争という暗い影のなかにうもれていたあたたかい物語がそこにはあった。

 黒島で特攻平和祈念祭が行われるという話を聞いたのは、出発のひと月前の

ことだ。黒島に行ってみたい。そんな思いがわき上がってきた。

 そして、わたしは鹿児島へと飛んだ」。

 

 黒島という地を象徴するようなエピソードが紹介される。

 この島の戦争は、815日をもって終焉を迎えることがなかった。米軍機が空から

ビラをまいて降伏を知らせたものの、「情報の遮断されたこの島では、何が真実か、

見極めることなどできるはずもなかった」。かくして住人は襲撃に備え山深く身を隠した。

終戦を彼らが受容したのはその2か月後、島出身の兵士の帰還によってだった。

 

 本書の主人公は事実上、「ある映画監督」小林広司の妻、ちえみ。

「書くことに集中したいから、しばらくほかの仕事ができない。だから、頼む!」

『黒島を忘れない』の放送から数か月後、夫は書斎で執筆に入った。その「しばらく」が

年単位のものになろうとは、まさか想像だにしなかった。ましてや、その肉体がガンに

蝕まれていようとは。

 自宅で夫の最期を看取った妻は、彼の憑かれた黒島を訪れる。それから数か月、

彼女ははじめて夫の未完の原稿を読み、そして決意する、自分で完成させよう、と。

 彼女も仕事を離れ執筆に没頭する。毎年黒島を訪れては、島民の話に耳を傾ける。

さりとて手は進まない。すべてがまるで夫をなぞるように。

 そして彼女はいつしか「黒島の女」になった。

 

 テーマも優れている、筆者の誠実を疑うつもりもない。

 だが、思想性は必ずしもコンテンツやその作り手に無条件の肯定を付与しない。

 戦争を知らない世代が、「記憶」を「記録」することで、「架け橋」となる、そんな筆者の

作家性の証明のために、黒島が手段に堕している。目的と手段の倒錯、残念ながら

そう結論づけざるを得ない。それを例証するようなテキストを以下に引用する。

「今も昔も共通する、人への思い――。

 わたしたちの生きる日常と、彼らが生きた日常――時代の違いはあっても、人が人を

思う心に変わりはない。遥か遠く離れた過去が、自分の生きる今とつながっている。

 そしてあらためて思った。

 誰でも、戦争の記憶の伝承者になることができるのだと――」。

 過剰な詩性を取り込むことで、黒島という主題に筆者のナルシシズムが優越している。

「記憶の伝承者」になるというのは、果たしてそういうことなのだろうか。

生き字引

  • 2017.10.22 Sunday
  • 19:26

「『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』をPHP新書で刊行してから、光栄なことに、

仲代さんからご懇意に接していただけることになった。その結果、あることに気づく。

それは、著書には決定的に欠けているものがあった――ということだ。……本書は

『映画史の証言者』という視点で仲代さんを捉えてインタビューしている。その結果、

当時の映画人たちとの刺激的なエピソードや経験されてきた偉大な足跡を存分に

うかがうことができた。だが一方で、それだけで手いっぱいになってしまい、後に他の

役者たちには粘っこく聞くことになる、『役者としての原点』『演じる上でのこだわり』

などの演技論・芸談を、掘り下げきれていないのである。……そこで今回の文庫化では、

仲代さんの役者としての原点である俳優座養成所での日々や師・千田是也の教えなどに

ついて追加取材をし、序盤に書き加えた。……そして、『欠けていた』ことはもう一つある。

それは『役者・仲代達矢の現在地』である」。

 

 生き字引とはまさにこのことを言う。

 黒澤明、市川崑、岡本喜八、市川雷蔵、原節子……。

 本書の語りで『徹子の部屋』が何本撮れるのだろう。もはや私には半ば古文書の世界に

属するような感のあるホール・オブ・フェイムが次から次へと登場する。

 黒澤との出会いを語る。実は『用心棒』に先立って、仲代は作品に出演している。

「俳優座養成所の2年生の時、まだ20歳くらいでしたが、『七人の侍』のオーディションを

受けまして。ほんの数秒のカットでしたが、エキストラで出演しているんです。物語の序盤で、

百姓たちが野盗から村を守る傭兵を雇うため、街中をスカウトして回るんですが、その目に

留まる浪人の役でした。……黒澤監督が『君が先頭になって歩け』と。……ところが、撮影が

始まると『何だ、その歩き方は!』と黒澤監督に怒鳴られまして。何度やってもNG

なるんです。そりゃそうですよね。新劇じゃそんなもの教えてくれませんし、そもそも着物を

着たのも初めてですから。撮影が朝9時開始でそのシーンの撮影が終わったのが午後の

3時頃でした。その間、何百人もの役者やスタッフを待たせて、ひたすら私の歩くシーンを

何度も取り直すんです。……ただ、当時としては屈辱的でした。エキストラだから替えも

いるのに、ずっと私だけに何度もダメ出しして撮り続けるわけですから。……『あ、俺は

映画に向いてない。まして時代劇なんてダメだ』と思うほど屈辱的でした」。

 そして時は流れ、この「屈辱」を理由に『用心棒』の出演を渋る仲代に黒澤が言う。

「いや、そのことは覚えている。だから君を使うんだ」。

 

 そんな「黄金時代」を肌で知る仲代が、2015年にテレビ時代劇『果し合い』の主演を務め、

筆者が撮影に同行する。

 傘寿を超えた仲代が、昼は暑く、夜は冷える6月の京都の山間で撮影に挑む。

「ただ振るだけでなく、同時に草木を斬っていくため、使われるのは撮影用の模造刀では

なく真剣だ。これは、かなりの重さになる。炎天下で仲代はこれをひたすら振ることに

なるのだが、カメラが回っている間は疲れを全く見せなかった。実はその裏では、持病の

喘息の発作を起こしていて、撮影の合間には息も絶え絶えに酸素吸入器を口にしていた

のだが、一度カメラの前に立てば、すぐさま『役者』の顔に戻る」。

「この日の撮影は、これだけでは終わらなかった。夕方、撮影所に戻ると数時間だけ休憩を

挟み、今度は夜間のロケになる。……20時頃に始まり、終わったのは夜中の3時頃だった」。

 なるほど、「真のプロフェッショナル」の背中には違いない。ただし、仲代の芝居を免罪符に、

これを美談としてはならない、と私は思う。

 悲しいかな、リソースを食い潰す撮影体制に持続可能性などあろうはずがない。

 貧しさが貧しさを呼ぶ負のスパイラル。時代劇の斜陽を否応なしに知らされる。

 

 対して小林正樹『人間の條件』。

「『あれは満州の雲じゃない』と。それで『満州の雲を待つんだ』って一週間待ちました。

そしたら、出たんですよ。もっこりした、日本にはやっぱり珍しいなあっていう雲が。

それが出た時にようやく撮影開始になりました」。

 

 人材も現場も、すべてが促成で賄われる。映画に限らず、現代のありふれた風景。

 仕方ない、と言うべきか、たとえ殺陣をろくに決められなかろうと、発声すらも満足に

できなかろうと、消費者の求めに応じているに過ぎないのだから。これとてひとつの

「真のプロフェッショナル」と称されるべきなのかもしれない。

 仲代の来た道が、時の流れを無残なまでに告発する。

時事放談

  • 2017.10.09 Monday
  • 21:22

「筆者の専門分野は感覚心理学・認知神経科学だが、専門を大きく離れた論考を

折にふれて公刊してきた……本書は、過去6年超の間に公表した約150本の論考を

選択・整理して、次の5つのテーマ別に再構成したものだ。

 

 第1部 近視眼化・健忘症化・ブラックボックス化――危険な三角関係

 第2部 ブラックボックス化が招く『想定外』と偽装・隠蔽

 第3部 変容する潜在意識とマーケティング、ポピュリズム

 第4部 技術の進展は私たちをどこに連れていくのか

 第5部 科学研究・教育の本質と未来

 

『科学技術と社会』『想定外』『近未来』などのキーワードが浮かび上がるが、総じていえば

現代社会をそれとして論じることはしていない。そうではなく、特定のニュースや社会現象

から問いと洞察のきっかけを得る。そして、一度人々の潜在的な心(深層心理)を掘り下げる

ところから逆に、社会を照射しようとする。その視点は比較的一貫していて、この本の

ユニークな点といえるだろう」。

 

 哲学の世界で、「ゾンビ」と名指される事態がある。

 行動を見ればそのことごとくが己と何ら変わるところはない、ところが「ゾンビ」には

「意識」がない、そんな思考実験を組み立てる。

 そして現代、ロボット、AI技術の進展はいよいよ「ゾンビ」の現在を可能にする。

 この話法に沿うわけではないが、筆者がロボットの「意識」をめぐって組み立てる試論は、

結果的には延長線上に横たわる。

「『ロボットは意識をもちうるか?』を問う時には、二/三人称の問題、『つまり他者の意識を

いかに推定するか』に話を限定せざるをえない」。

 そして筆者はこの「推定」をペットを例に持ち出して言う。

「飼い主がペットを溺愛するあまり『錯覚しているだけ』という立場を、筆者はとらない。

もしそう主張したいなら、家族や親友が意識をもつことも同じく『錯覚しているだけ』と

するしかない。/そうではなくて、こういう社会関係への依存性こそが、『意識をもつ』という

言語的フレームで私たちが捉えようとしている事態の本質なのではないか。……一人称と

二/三人称に分けて整理してみれば、『意識があるようにふるまう』=『意識がある』とする

立場をとるほかなく、それ以外は問う意味がない。……『二/三人称』の観点でみれば、

『意識』の人工知能化はおそらく、タマネギの皮むきの様相を呈するだろう(すでにそう

なりつつある)。……『機械に人間と同じ感情や意識がもてるはずがない』という考えに

科学的根拠はない。この考えにこだわるのは(AIとヒトの競り合いの歴史で繰り返されて

きたように)思考の怠惰、想像力の貧困、さらにいえば不安に裏打ちされた安心感で

しかない」。

 

 と、専門分野については、上記の具合に、この「ブラックボックス」を極めて平易な表現で

語ってくれるのだが、全体の印象としては、あいにく時事放談の域を出ない。

 言い分それ自体は概ね理に適ってはいる、とは思う。ただし、例えばSTAP事件にせよ、

オリンピックエンブレム問題にせよ、さして専門知が生かされている様子は見えず、既存の

オピニオンに新しい切り口を提供しているようには映らない。皮肉にも、筆者の知識が

反映された記述に冴えがあるからこそ――尤も英語教育論についてはどうかとは思うが――、

コントラストとして、そのごく普通性が際立ってしまう。前半部にそうした語りが集中的に

配置されている構成もこの印象の固定化を誘う。

 なんというか、惜しい。

Strings of Life

  • 2017.09.16 Saturday
  • 21:35

2015年初夏、41歳で右脳に脳梗塞を発症した僕は、身体への後遺症は軽かった

ものの、いくつかの高次脳機能障害(高次脳)が残ってしまいました。……しかし、

この高次脳機能障害は、身体の麻痺などのように一見して分かるものではないために

『見えない障害』『見えづらい障害』等とも言われ、本人にも周囲の家族にも、医師にすら

なかなかその障害の実態が分かりづらいという側面を持っています。……あれ?

この不自由になってしまった僕と同じような人を、僕は前に見たことがあるぞ?/それは

うつ病や発達障害をはじめとして、パニック障害や適応障害などの精神疾患・情緒障害

方面、薬物依存や認知症等を抱えた人たち。僕がこれまでの取材で会ってきた多くの

『困窮者たち』の顔が、脳裏に浮かびました。……本書では、病識があり軽度な高次脳で

ある僕が、自分の負った障害の不自由感や辛さや当事者感覚をできる限り言語化して

みようと思います。病棟のベッドで、退院後の日常生活の中で、取材記者である僕が、

何ができなくてどのように苦しいのかを自らに取材します」。

 

 非常に主観性の強いテキストであるには違いない。病気の発症を専ら自身の性格(と

そこから来る生活習慣)に求める自己診断にしても、自身の症例と「困窮者たち」の

共通性にしても、それらの観察が臨床医学的にどれほどの論拠を持っているのかは

よく分からない。あるいは、これこそが感情失禁なる症状の典型なのかと恐れつつも、

文章の圧がしばしば過剰で読みづらい点も否めない。

 でもやはり、本書全体を貫く、できて当たり前と周囲には言われるようなことができない、

そんな痛みがどうしようもなく刺さる。

「レジで小銭を出そうとすれば、目のピントが合わずに小銭は二重に見え、指は思うように

動かずで、遅々として狙った数の小銭を出せない。『小銭を手に持ち続けるための

集中力』すら維持できず、一枚二枚と硬貨が手から零れ落ちる。それだけならまだしも、

数枚の小銭を数えると、何枚まで数えたのか分からなくなってしまう」。

 そして、全く同じ風景に見覚えがあった。さる貧困女性の取材時のこと、「夫のDV

離婚のショックからメンタルを深く病み、精神科から処方される抗鬱薬に依存するように

なっていた彼女は、床に落ちた小銭を振るえる指先で一枚一枚集めながら、ぼたぼたと

大粒の涙を床にこぼした。/最後は小銭集めを諦め、レジにグシャグシャの五千円札を

叩き付けるように置き、漫画のように鼻水をプランと垂らしながら釣り銭をもらわずに

店を出た」。そのときは「なんとキレ易い人なのだろう」としか思わなかったが、「いま僕は

痛いほどに彼女の気持ちがわかる」。

 本を読みはじめてすぐ、強烈な睡魔に襲われる。「神経的疲労」の仕業だという。

 これまた既視感のある光景だった。生活保護申請のために公的書類を用意したものの

説明をはじめると、相手の女性たちは「高確率で『気絶するような勢いで寝』」てしまう。

「見えない障害」に思い至らなければ、周囲が無気力と匙を投げてしまうのも無理もない。

ましてや当人自身が抱くだろう絶望についてなど知る由もない。

 自身の回復過程で筆者は気づく。「彼ら彼女らに必要なのは、いち早く生産の現場に

戻そうとする就業支援ではなく、医療的ケアなのではないか。それも精神科領域ではなく、

僕の受けているようなリハビリテーション医療なのではないか」。

 

「ようやくあたしの気持ちが分かったか」。

 こうした理解の難しさを、筆者は間もなく身近に見出す。

 妻は典型的なLDAD持ちで、しかも脳腫瘍を経験していた。

 

 このテキストの範疇は、単なる当事者ドキュメンタリーという域をはるかに超える。

「貧乏と貧困は違う」。

 そんなセーフティ・ネット論として、分配論として、本書は広く読まれるに値する。

もはや戦後ではない

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 21:55

「本書は、1925年生まれのシベリア抑留体験者のインタビューをもとに構成されている。

この本は2つの点で、これまでの『戦争体験記』とは一線を画している。

 その一つは、戦争体験だけでなく、戦前および戦後の生活史を描いたことである。……

それを通じて、『戦争が人間の生活をどう変えたか』『戦後の平和意識がどのように

形成されたか』といったテーマをも論じている。

 二つ目は、社会科学的な視点の導入である。同時代の経済、政策、法制などに留意

しながら、当時の階層移動・学歴取得・職業選択・産業構造などの状況を、一人の人物を

通して描いている。本編は一人の人物の軌跡であると同時に、法制史や経済史などを

織り込んだ、いわば『生きられた20世紀の歴史』である」。

『生きて帰ってきた男』、その名を小熊謙二という。――筆者の父でもある。

 

 私の母方の祖父もまた、シベリア抑留を経て日本へと帰還した。

 極寒の中、ソ連兵がふと差し出したウォッカに身体が熱くなった、記憶にある話といえば

それくらい。口にするのを憚ったのか、思い出すのも忌み嫌ったのか、私の脳の杜撰か、

捕虜生活の苛烈についての記録はついぞ残らず、残さず、そして、昨年彼は亡くなった。

私は彼が暮らした街の名前すら知らない。

 

 とはいえ、本書が一介のパーソナル・ヒストリーを越えてしまうのは、たぶん単に悔悟含みの

私のバイアスのせいばかりではないはずだ。

 幼くして極貧の生地・北海道を離れ、東京の親族に預けられる。やがて徴兵で満州へと

渡り、敗戦後、ソ連へと引き渡される。帰国後も安定した職は得られず、恩給とて雀の涙。

そんな最中に結核に襲われ、片方の肺をほぼ失う。経済成長に合わせやがて独立して

事業を興すまでに至るも、産業構造の転換などからじきに行き詰まる。仕事を譲った後に、

縁あって戦後補償裁判や地域保全にも関わり、そして今日に至る――「下の下」と自嘲する

歩みのいちいちが「同時代の社会的文脈に規定」されずにはいない。

 そして、戦争という大きな物語を共有しているはずの謙二が目撃した社会風景は、現代の

3.11難民や沖縄の民が、「社会的文脈」の論を差し置いて、自己責任とやらに基づく分断を

どうしようもなく暴露してしまうのと実はさして変わらない。「受忍論」と言えば耳触りは

いいがつまり、聞きたくない話は聞かない、その態度を正当化しているだけのこと。

 

 他方で、本書を単に「ある日本兵」の述懐に終わらせなかったのは筆者の手法である。

 種々のテキストやデータの引用を通じて、ただの個人的な印象論とまとめることを読者に

許さない「社会的文脈」を見事に伝える。

 当然、それは語り手の力量が前提としてあってはじめて可能なこと。冷淡とさえ見える

その客観性は、歴史に改めて重ねてみると、不意に痛々しさすら促す。

 

 様々なトピックを持ちつつも、本書が曲がりなりにも一冊に収まったのは、あくまで

一個人の回想だった点も寄与しているだろう、20世紀日本の縮図のようなその人生の。

「記憶とは、聞き手と語り手の相互作用によって作られるものだ」。

 語るとは、その都度過‐去を現‐在させる行為に他ならない。

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