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    ドレフュス事件

    • 2017.10.09 Monday
    • 21:34
    評価:
    松本 清張
    角川書店(角川グループパブリッシング)
    ¥ 596
    (2009-12-25)

    「東京都全体の空に、にぶい色の雲が凍って、うすら寒い日だった」。

     昭和23126日午後3時過ぎ、帝国銀行椎名町支店に医学博士を名乗る

    者が訪れる。近隣の井戸を発生源に赤痢が確認されたことから、GHQの指示で

    消毒に先立って至急予防薬を服用して欲しい、との由。同じ瓶から取り出されて

    希釈された薬剤を男は自ら飲んで実演する。それに倣って銀行員たちが口にすると、

    彼らは相次いで床に倒れ、そして現金、小切手が消失していた。

     これが世に言う「帝銀事件」、最終的に命を落とした被害者は12名に及んだ。

     捜査を進めると、被害こそなかったものの、この件を前にして他の銀行でも似通った

    手口が試みられていたことが発覚する。

     現場に残された一枚の名刺を手がかりに、やがて捜査当局はひとりの男に辿り着く。

    その名は平沢貞通、文展無鑑査の画家だった。

     

     冒頭ほのめかされるGHQ諜報機関の関与をはじめとした清張史観への賛否はともかくも、

    平沢をこの事件の主犯と見立てるのは相当な無理筋と見える。

     そもそも当局が想定した犯人像は、毒物の扱いに習熟した者。犯行時に用いられた

    器具にしても戦前に製造された良質のもの、特に「ピペットは特殊なもので、生化学や、

    分析化学関係のような、或は細菌学上の実験、軍関係の研究所などのほかは、あまり

    一般には用いられないものだった」。当然、平沢の履歴には該当しない。

     犯行の際に男が言及した疫病が事実発生していた点を見ても、あるいはリハーサルと

    思しき未遂事件を見ても、相当に周到な準備を匂わせる。だが当時、平沢はコルサコフ

    症候群なる記憶障害を持っていた。

     当日の足取りを辿っても、不可能ではないにしても、相当に切迫したタイムスケジュールを

    強いられねばならないようだ。57歳の「老人」が雪で道のぬかるんだ日に、である。

     ところが平沢は逮捕、起訴に至り、ついには死刑判決を下された。

     

     いみじくも弁護人はドレフュス事件との類似性を指摘した。

     平沢を有罪へと近づけた物的証拠のひとつは、名刺や小切手の裏書きに基づく

    筆跡鑑定だった。奇遇にもかのユダヤ人将校を牢獄へと導いた決め手と同じだった。

     供述を受けて技官は、「遂に熱心のあまり自己暗示でこの字を読み取って来てしまった」。

     見たいものだけを見る、見たくないものは見ない。

     そんな心性がひとりの人間を獄中死へと至らしめ、そして真相は霧の中へ消えた。

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