生き字引

  • 2017.10.22 Sunday
  • 19:26

「『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』をPHP新書で刊行してから、光栄なことに、

仲代さんからご懇意に接していただけることになった。その結果、あることに気づく。

それは、著書には決定的に欠けているものがあった――ということだ。……本書は

『映画史の証言者』という視点で仲代さんを捉えてインタビューしている。その結果、

当時の映画人たちとの刺激的なエピソードや経験されてきた偉大な足跡を存分に

うかがうことができた。だが一方で、それだけで手いっぱいになってしまい、後に他の

役者たちには粘っこく聞くことになる、『役者としての原点』『演じる上でのこだわり』

などの演技論・芸談を、掘り下げきれていないのである。……そこで今回の文庫化では、

仲代さんの役者としての原点である俳優座養成所での日々や師・千田是也の教えなどに

ついて追加取材をし、序盤に書き加えた。……そして、『欠けていた』ことはもう一つある。

それは『役者・仲代達矢の現在地』である」。

 

 生き字引とはまさにこのことを言う。

 黒澤明、市川崑、岡本喜八、市川雷蔵、原節子……。

 本書の語りで『徹子の部屋』が何本撮れるのだろう。もはや私には半ば古文書の世界に

属するような感のあるホール・オブ・フェイムが次から次へと登場する。

 黒澤との出会いを語る。実は『用心棒』に先立って、仲代は作品に出演している。

「俳優座養成所の2年生の時、まだ20歳くらいでしたが、『七人の侍』のオーディションを

受けまして。ほんの数秒のカットでしたが、エキストラで出演しているんです。物語の序盤で、

百姓たちが野盗から村を守る傭兵を雇うため、街中をスカウトして回るんですが、その目に

留まる浪人の役でした。……黒澤監督が『君が先頭になって歩け』と。……ところが、撮影が

始まると『何だ、その歩き方は!』と黒澤監督に怒鳴られまして。何度やってもNG

なるんです。そりゃそうですよね。新劇じゃそんなもの教えてくれませんし、そもそも着物を

着たのも初めてですから。撮影が朝9時開始でそのシーンの撮影が終わったのが午後の

3時頃でした。その間、何百人もの役者やスタッフを待たせて、ひたすら私の歩くシーンを

何度も取り直すんです。……ただ、当時としては屈辱的でした。エキストラだから替えも

いるのに、ずっと私だけに何度もダメ出しして撮り続けるわけですから。……『あ、俺は

映画に向いてない。まして時代劇なんてダメだ』と思うほど屈辱的でした」。

 そして時は流れ、この「屈辱」を理由に『用心棒』の出演を渋る仲代に黒澤が言う。

「いや、そのことは覚えている。だから君を使うんだ」。

 

 そんな「黄金時代」を肌で知る仲代が、2015年にテレビ時代劇『果し合い』の主演を務め、

筆者が撮影に同行する。

 傘寿を超えた仲代が、昼は暑く、夜は冷える6月の京都の山間で撮影に挑む。

「ただ振るだけでなく、同時に草木を斬っていくため、使われるのは撮影用の模造刀では

なく真剣だ。これは、かなりの重さになる。炎天下で仲代はこれをひたすら振ることに

なるのだが、カメラが回っている間は疲れを全く見せなかった。実はその裏では、持病の

喘息の発作を起こしていて、撮影の合間には息も絶え絶えに酸素吸入器を口にしていた

のだが、一度カメラの前に立てば、すぐさま『役者』の顔に戻る」。

「この日の撮影は、これだけでは終わらなかった。夕方、撮影所に戻ると数時間だけ休憩を

挟み、今度は夜間のロケになる。……20時頃に始まり、終わったのは夜中の3時頃だった」。

 なるほど、「真のプロフェッショナル」の背中には違いない。ただし、仲代の芝居を免罪符に、

これを美談としてはならない、と私は思う。

 悲しいかな、リソースを食い潰す撮影体制に持続可能性などあろうはずがない。

 貧しさが貧しさを呼ぶ負のスパイラル。時代劇の斜陽を否応なしに知らされる。

 

 対して小林正樹『人間の條件』。

「『あれは満州の雲じゃない』と。それで『満州の雲を待つんだ』って一週間待ちました。

そしたら、出たんですよ。もっこりした、日本にはやっぱり珍しいなあっていう雲が。

それが出た時にようやく撮影開始になりました」。

 

 人材も現場も、すべてが促成で賄われる。映画に限らず、現代のありふれた風景。

 仕方ない、と言うべきか、たとえ殺陣をろくに決められなかろうと、発声すらも満足に

できなかろうと、消費者の求めに応じているに過ぎないのだから。これとてひとつの

「真のプロフェッショナル」と称されるべきなのかもしれない。

 仲代の来た道が、時の流れを無残なまでに告発する。

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  • 2017.11.16 Thursday
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