「常闇の世界」

  • 2018.02.05 Monday
  • 22:38

「一茶は、良くも悪くも、柏原村に生をうけ、この地で死ぬことを選択した百姓弥太郎で

あった。であるなら、何故に柏原村百姓の職分を36年もの間放棄した一茶なる業俳が

百姓弥太郎として舞い戻って来れたのか。俳人一茶の究明には、百姓弥太郎への

アプローチが不可欠になってくる。そこから一茶の拠点となった足元の柏原村の存在の

重大さが問題になってくる。柏原は北国街道柏原宿で成り立つ村である。当然、柏原の

歴史から北信濃の歴史へ拡大、展望することになる。また逆の方向の視点を持つ

必要性に迫られることにもなるであろう。

 本書では一枚の証文から湧き起こった素朴な疑問を追いかけていく。狭義の俳人

小林一茶の研究ではない。百姓弥太郎を俳人小林一茶にした北信濃柏原村を基点に

した江戸時代史を目途とする」。

 

 どこで父の危篤を聞きつけたのか、いまわの際にふらりと郷里へ舞い戻り、その場で

せしめた遺言状を楯に異母弟から資産をせしめる業突く張りの肖像としての小林一茶、

というのは世に広く知られた話らしい、寡聞にして私はまるで知らなかったけれども。

 ところで本書が専ら主題化するのは、その決定を可能たらしめた背景にこそある。

 

 そして本書では、柏原村を舞台とした、とある興味深い訴訟が紹介される。

 敵に塩を送るのひそみの通り、そもそもこの宿場町は、塩の流通の経由地として栄えた。

「公道北国街道は宿継ぎを通行の原則とする。塩荷の宿継ぎの運搬はその度に馬に

付け替えするため、日時を費やし、また塩荷が損傷しやすい」。ということで、これに代わる

輸送手段として別ルートの「付通し」が登場する。「目的地まで同じ牛馬で運送するため、

迅速かつ荷物の痛みが少ない利点があった。しかも北国街道を回避して口銭を免れると

ならば利益は益々大きくなる」。

 こんなやり方がまかり通れば商売あがったり、参勤交代の扶助とてままならない。

 さりとて訴えられた側にしてみれば、「零細な商いで口銭を取られたらやっていけない」。

 双方の主張は真っ向から対立し、果たして裁定は幕府へと委ねられる。

 

 その訴訟の帰趨が一茶の相続財産に大きく関わる点は言うまでもない。

 ニッチなテーマに照準を合わせたパーソナル・ヒストリーかと思いきや、江戸の世の

訴訟社会のありようを鮮やかに描き出す。

 その背景にはもちろん、文字の読み書きをはじめとした高い知的水準が横たわり、

かくして俳句も可能になる。

 一茶を離れ、一茶に戻る。時代の子でしかあれない人間なるものを見事に映す。

 思いのほか、広い奥行きをもったテキスト。

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  • 2019.08.18 Sunday
  • 22:38
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