ディオニュソスの秘儀

  • 2018.03.02 Friday
  • 23:08
評価:
コザー ケビン・R,Kosar Kevin R.
原書房
¥ 2,160
(2018-01-19)

 映画『ヤング≒アダルト』の、すばらしい小道具演出のおはなしから。

 街の酒場で供されるのはメーカーズ・マーク、一般家庭に並ぶのもメーカーズ・マーク、

郷里の人々のこよなく愛する味はただし、シャーリーズ様のお気に召さない。

 そんな中、街で疎外されるかつてのクラスメイトの家を訪れると、自作したバーボンを

差し出される。度数も強いのだろうが、一口飲んで彼女は顔をしかめる。でもあおらずに

いられない。彼らを結ぶ秘密の香りが密造酒からほとばしる。

 

「密造酒はそもそも違法である。だからその歴史を正確に解き明かすことは簡単ではない。

密造酒製造者が自伝を書くことはめったにないし、自分の手がけた作品を記録しておく

わけでもない。そんなことをすれば、摘発されたときに自分に不利な証拠になるだけだ。

それに、かつての密造酒製造者の多くは読み書きができなかった。つまり、彼らの活動は

口伝えで何世代も受け継がれてきたのである。

 密造酒造りに関しては過去も現在も、それを物語るに十分な証拠が存在する。

その歴史は彩り豊かだ。登場人物も、違法者を追い続ける法執行者、まじめな農夫、

頭の切れる何でも屋、あくどい密輸業者やギャング、尊大な詩人、沼沢地や山中に暮らす

隠者、スリルを求める若者たち、とバラエティに富んでいる。密造酒の物語には技術の

普及、人間の創意工夫、経済、欲と政治的闘争など、多くの要素が入り組んでいる。

 ただし、密造酒の物語は基本的には、酔っぱらいたいという人たちの欲望の物語である。

人々が密造酒を飲むのは、背が高くなるためでも、力が強くなるためでも、賢くなるため

でもない。酔っぱらうために飲むのである。それも、できるだけ早く酔っぱらうために」。

 

 密造酒の定義とは、つまり「違法に製造された蒸溜酒である」。然らば、「密造酒は

政府が蒸溜酒の製造者を、合法の製造者と非合法の製造者を分ける法令を

定めたときに生まれることになる。あるいは、政府が蒸溜酒に課税し、誰かがそれから

逃れようとしたときだ」。

 ということで、1920年代のアメリカをはじめとした件の規制論や、チェックを経ない

醸造の一連のリスクの話ばかりが連なるのか、とダウナーな方向に沈みかねないので、

ここではあえてパッと気分の上がる話を拾っていこう。

 

 粗悪品が供給される、ということが思わぬ恩恵をもたらすこともある。ごまかすために

カクテルの技術が向上したのだ。そうして発達したもぐりの酒場は結果、「アメリカの

女性たちを、わずかながら解放した。……ボブの髪型で気取り、新奇なスラングを使い、

ジャズに合わせて踊った。女性たちは髪をきれいに整えた男たちと一緒にたばこを吸い、

酒を飲み、法律にも道徳を説く者たちにも喜んで反抗的な態度をとった」。

 そして現代、土着の秘法による「合法の密造酒」は、ローカリティの象徴として堂々

脚光を浴びる。アメリカ国内だけでその市場規模は、2010年から14年の間だけでも

1000パーセントものを膨張を果たした。しかも業者にとってはこの上なくおいしい

商売ときている、何せ熟成期間を取らず、蒸溜から瓶詰のタイムラグがないのだから。

消費者にとっても、効率性に棹差さず伝統に根差した「本物」志向の自己イメージに

酔いしれることができる。誰が値切ろうと思うだろう、高く売りたい、高く買いたい、

理想的な互恵関係がここにある。

 

 他方で置き去りにされた消費者がいる。その「本物」を「本物」たらしめてきたはずの

人々だ。「社会の貧しい層は、合法密造酒にはほとんど興味を示さない。……もっと安い

本物の密造酒を手に入れることができるのだから」。そうして彼らは今日もメタノールの

危険に自らをさらし、現実の彼方へと酩酊する。

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  • 2019.05.24 Friday
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