黒船来襲

  • 2018.03.13 Tuesday
  • 22:24

「先日売場で『いつもここで見て、家に帰ってからアマゾンに注文するの』という大きな女性の

声が聞こえた。きっと他のお客さんに『クレバー・ユーザー宣言』をしたかったのだろう」。

 恥も外聞もないこんな戯言わめかれたらメンタル壊す、少なくとも私なら。

 

「本書は私の勤務するジュンク堂書店池袋本店で働く社員たちのほかに、ジュンク堂と

2009年に経営統合を発表した丸善丸の内本店の社員、1976年からほぼ20年勤務した

リブロ池袋本店の社員、そして書店員とはちょっと毛色は違うが日本出版インフラセンター

JPO)の専務理事(現在・顧問)、おのおの一名ずつにインタビューしたものを中心に

まとめた。……私たちにとっての『約束の地』が、読者にとっては『そうではない』と少しずつ

明らかになってくる。去年まで来てくれていたお客さんがいつのまにか来なくなっている。

その去年も、一昨年に比べて減少している、そんな現象が何年も続き、いまだにとまらない。

……私たち書店員が続けてきた仕事はとうに曲がり角を過ぎているのかもしれない。でも

曲がり角を過ぎたかどうかは読者がする判断であろう。いや、もうその判断は下されている

のだろう。だがあきらめの悪い私は、私たちが毎日どういう仕事を、どういう思いで続けている

のかを読者に知ってほしい、と願う。そう願いながらこの本を書いた」。

 

 社の大御所による現場訪問at書店。

 そう聞くとひどく気疲れするが、読み進むとそんな憂鬱が物の数でないことを知らされる。

 最盛期、1989年には27000億円を叩き出していた出版業界の売上総計が今や半分。

大学生の半数が既に買わないどころか読みすらしない。新聞も雑誌も置かない家庭で育つ

スマホ世代の子どもは、そもそも活字に親しむ機会すら持たない。アマゾン上陸やテキスト

電子化以前にこの下落傾向には出口が見えない。底を打つ気配すらない。

 2016年、長年続いてきた雑誌の書籍に対しての優位がついに逆転した。そうはいっても、

書籍が伸びたわけではなく、雑誌がすさまじいペースで没落しただけのこと。

 この話がまるで喜べないのは、物流をめぐる産業構造にとって致命傷になりかねない

点にもある。つまり、書籍が曲がりなりにも日本各地へと届けられていたのは、雑誌を運ぶ

そのついでに載せてもらえる、といういわば寄生ベースの流通が常態化していたから。

紙媒体の歴史は新たな宿主を見出すこともなく途絶えITプラットフォームへと移行する、

そんな着地を目の当たりにするだろうことは想像に難くない。

 

「アマゾンユーザーは出版関係者が結構多い。私たちには『書店さんが消えていくのは

悲しい』などと言いながら、『書店では必要な本がすぐには手に入らない』といってアマゾンに

注文するアマゾンヘビーユーザーが『本周り』にはごちゃっといる」。

 経済人は功利性に勝てない。たとえ出版業界が万が一多少の上昇気流に乗ろうとも、

スケール・メリットや利益率を考えれば早晩書店はネットに屈する。

 それでもなお、一目惚れのセンセーションに勝る興奮はウェル・メイドからは生まれない。

人間がノマドでいられない最大の理由は、街角の偶然を運命だと強弁する快感に代わる

オルタナティヴを見出せないことにある。

 身体を持つこと、かたちを持つこと、それゆえにこそ与えられるセレンディピティの瞬間が

本書においてもあとがきにふと訪れる。

 

 過去の購入、クリックデータに基づくリコメンドなんて、そんな本、もう読んだ、の宝庫。

特定のジャンルや著者の本を探している、という目途もなくたまたま出会う、出会ってしまう、

そんな好機を仲立ちしてくれることは今のところない。

 経験の焼き直しではなく、あえて未知の横たわる場所として。本を開くのは知らないことに

めぐり会うため、書店を訪ねる理由と同じ。「約束の地」を否定することは情報の存在意義を

否定するに等しい。

 餅は餅屋で、本は本屋で。

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  • 2019.08.18 Sunday
  • 22:24
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