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    人間の安全保障

    • 2018.03.30 Friday
    • 23:03

    「昨今、ベーシックインカムへの関心が高まっている一因は、現在の経済政策と社会政策の

    下で、持続不可能な規模の不平等と不正義が生まれているという認識にある。猛烈な

    グローバル化が進み、いわゆる『新自由主義』の経済が浸透し、テクノロジーの進化により

    労働市場が根本から様変わりするなかで、20世紀型の所得分配の仕組みは破綻して

    しまった。……本書の目的はあくまでも、読者にベーシックインカムの基礎知識を提供し、

    掘り下げた紹介をすることにある。ベーシックインカムとはどういうものか、この制度が

    必要な理由として挙げられてきた三つの側面、すなわち正義と自由と安全について論じ、

    あわせて経済面での意義にも触れる。また、さまざまな反対論も紹介する。とくに財源面での

    実現可能性の問題と、労働力供給への影響についても検討する。さらに、実際に制度を

    導入するうえでの実務的・政治的な課題も見ていく」。

     

     ベーシックインカム批判の典型に、「社会を破壊しかねない怠惰」を引き起こすだけ、と

    訴える説がある。しかし筆者はこれらの妄想を裏づける根拠など存在しない、と一蹴する。

    あくまで「ベーシックインカムは、人々が何もせずに怠惰に過ごすためのお金を配る制度では

    なく、『やりたいこと』と『できること』をする自由を与えるための制度なのだ。……

    心理的な安全を感じている人は仕事の量を減らすのではなく、増やす……心理的な安全を

    感じれば、人は協力的になり、仕事上のグループの生産性も上昇する可能性が高い。基礎的な

    安全が確保されると、自信が強まり、活力が増し、他人への信頼感が高まって、より多く、

    より質の高い仕事ができるようになるのだ」。

     インドでの社会実験例、「大人(とくに女性)の仕事量と労働が増えた。多くの受給者が副業

    (主に自分のビジネス)を始めたことが大きな理由だ。唯一、労働量が減ったのは、学齢期の

    子どもたちだった」。それだけではない。「医療費など不慮の支出に対応したりするために、

    しばしば急な借金をしなくてはならない。多くの場合はきわめて高い金利を支払う羽目になる」。

    この事態が回避される結果、債務リスクが減少するばかりか、「より戦略的な意思決定も可能に

    なった。以前より低い金利で金を借り、必要な農具や種子、肥料などを買」い求めるようになり、

    必然的に生産性が向上した。

     BIの恩恵は単に家計に留まらなかった。「ある村では、試験プロジェクトが始まった当時、

    若い女性は誰もがベールで顔を覆っていた。……しかし数カ月後、私が調査チームの同僚と

    一緒に村を訪れると、ベールをかぶっている女性は一人もいなかった。ある女性が理由を

    説明してくれた。以前は年長者のいうことを聞くしかなかったが、自分のお金が手に入るように

    なったので、自分の意思に従って行動できるようになったのだ」。

     

     もちろん、先進国において筆者が強調するような「労働labor」から「仕事work」への

    移行を果たせるほどのBI給付をしようとすれば、途方もない財源を要するだろう。

     とはいえ、筆者がBIを推奨する理由、言い換えれば、現行の各種社会保障制度を

    批判する理由について知るだけでも本書は参照に値する。

     例えば資力調査に基づく社会的扶助の場合、まず審査のコスト自体が馬鹿にならない。

    プライヴァシーも侵害される、ゆえに本当に必要としているはずの人が申請すらしない。

    そして何より「貧困の罠」が待っている。中途半端に職にありつけば、かえって実入りが

    少なくなる。それを避けるために就労を義務づけるのは、ブラック企業に餌を与えるだけ。

     現物給付やバウチャー制度の場合、まず極めて反現実的な仮定を前提に置いている。

    曰く、現金を渡したところで浪費を助長するだけ。しかし現実は全く逆の傾向を示す。

    「給付金は、子どものための食糧、医療、教育など、有意義な目的に用いられる場合が多い。

    ……違法薬物やアルコール、タバコへの支出は減る」。クーポンが想定しない生活必需品を

    入手できない、そんな問題は当然に起きてくる。システムコストは狂気を極める。「ある研究に

    よれば、……現物給付は、同程度の現金給付に比べて4倍近い行政コストがかかる」。

    「バウチャーは、使える店が決まっていたり、店側が受けつけた場合しか使えなかったりする。

    その結果、業者間の競争があまりはたらかず、バウチャーを受け付ける店は価格を引き上げ

    やすい。バウチャーは同額の現金に比べて、購入できる商品の量が少ないのだ」。だとすれば

    制度の拡張を図るほどに汚職や利権誘導が進むことは火を見るよりも明らかだ。

     

     BIのコストをどう捻出するか、なるほど問題には違いない。

     しかしそのことは、イギリスで「医療、警察、刑務所など、ホームレス一人に対して年間に

    推定26000ポンドが費やされている」点を決して擁護しない。直接給付にすれば、彼らが苦境を

    脱するのにかかるコストはそれよりもはるかに低い。それでいて、乗数理論に基づく循環効率も

    非常に高いパフォーマンスを期待できる。どこに差額をくわえ込むしか能のない豚どもを

    生かしておくべき理由があるというのか。

     BIが不労所得のバラマキであるという批判が正当であるならば、全く同じ理由に基づいて

    資本家(笑)が糾弾されることもなくのさばっていられるこの矛盾はどう説明されるのか。

     

     ベーシックインカムを叩く前に、自らの常識がいかに薄汚い臆見に過ぎないか、巷間広まる

    愚かしい言説で誰が得をするのか、を少しでも立ち止まって考えてみる。

     それだけで、「ユートピア」はほんの少し近づく。

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