制服少女たちの選択

  • 2018.04.03 Tuesday
  • 22:20

「学校制服に投影される願望や悩み、生徒や保護者が学校制服を求める理由に

ついては、十分に解明されたとは思えない。そこで本書は、歴史的観点から

学校制服の成立・普及過程を見直し、どのような背景や理由のもとに学校制服が

求められ、いかなる議論や実践を伴いながら定着したのか、具体的な事例に

基づいて検証していきたい。このことは、学校制服がどのように受け入れられ、

価値づけられてきたかを明らかにする試みでもある。特に、本書は、明治から

昭和初期までの女子の学校制服を対象とし、なかでも学校制服の成立・

制服文化の形成を先導したと考えられる高等女学校を中心に取り上げる」。

 

 本書を概観して言えば、むしろ謎は深まるばかり、そんな念は拭えない。

 例えば「良妻賢母」の追求が教育の現場においても図られる中で、和服の機能性や

各種コストの改善をめぐる試行錯誤の軌跡が探られるのだが、こうしたアプローチが

まさか学校の枠組みに限定されていたはずもない。にもかかわらず、そのフレームの

外側にはほとんど言及されることがない。「和服の改良の断念は和服の長袖、長裾、

広帯の形式を保存することにもつながった」とあるが、この分析における制服の占める

位置というのは、果たしてどれほどのものなのだろうか。

 そもそも英米の男性水兵のユニフォームであったはずのセーラー服が、日本において

いかなる遍歴を経て女子の学校服に固有の地位を持つようになったのか、そんな点への

言及もないまま、気づけばテキスト内に一定のポジションを確立してしまっている。

 これは筆者自らあとがきで触れておられることだが、就学率等の格差を考えても、

比較対照としての男子の制服についての目配せがないのは、やはりバランスを欠く。

 

 そんな記述の最中に、どこか微笑ましさを誘われる瞬間が訪れる。

 19世紀末における袴の普及プロセス。「当時、女子で袴を穿くことができる者は

家族という宮中に縁のある特権的身分の子女のみであった」。公的な文書を追う限り、

そうした「貴族的」な衣服の解放は、専ら「運動に便利」という機能性の観点から

要請され、やがて全国的な拡がりを見せたかに見える。

 ところが生徒の側に目をやると、景色が違える。一部の学校における先行導入に

着目した女学生が、学校の指導に先がけて、自主的にそのスタイルを組み込んで、

「その様子を教員が観察した結果、袴の随意着用が認められ、主事や担任から

奨励されるとたちまち生徒の間に袴が普及することとなった」。

 生徒が作り出した流行を制度が追認していく。この現象は1930年代のセーラー服に

その再来を見る。あるいは逆に、和服改良の試みが挫折したのとて、実際に着用する

彼女たちのお眼鏡にかなわなかったところから来ている。

 人に歴史あり。誰にでも若かりし頃があり、追い求めたトレンドがある。

 加齢は成熟ではなく劣化を指す、そんなアンチ・エイジング社会だからこそかえって

青き時代の瑞々しさにすっと心洗われる。

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  • 2019.08.18 Sunday
  • 22:20
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