兵どもが 夢の跡

  • 2018.04.17 Tuesday
  • 22:20

「軍隊と地域の双方向の関係性をとらえるには、日清戦争後と日露戦争後の二度の

軍拡期に全国から巻き起こった師団・連隊の誘致運動に着目するのが最適である。

各都市が軍隊の立地を前提にどのように都市形成をめざしたのかが明らかになるのに

加え、地域の動向が軍の内部に与えた影響も見ることができるからである。陸軍が

師団・連隊の新設地を決めるにあたり、日清戦争後の時期には各地からの敷地献納の

動きを利用するようになり、日露戦争後になるとそうした献納を前提に、かなり強権的に

敷地を確保していくのである。本書前半は、そうした経緯を段階的に明らかにしながら、

二度の軍拡期を経て全国に師団・連隊が配備されていく状況を見ていく。

 続いて、軍隊と共存した都市形成という点で、どのような共通項が見出せるのかを

考えていきたい。鉄道・水道・商店街・遊郭という特定のテーマに限られるが、軍隊の

立地によってこれら都市インフラがどう展開したかを、なるべく多くの事例をもとに

概観していくことを、本書後半の目的とする」。

 

「盛大な鉄道線は兵器の第一等に位する」。

 明治の日本を訪れたドイツ軍人K.メッケルのこの警句は悲劇となって具現する。

 日清戦争開戦期の金沢歩兵第七連隊を襲った出来事、「官設鉄道北陸線は、当時は

敦賀までしか開通していなかった。そこで、829日に金沢城の兵営を出発した部隊は、

敦賀をめざして徒歩で行軍を開始した。しかし、気温34度を超える炎天下を重装備で

行進したため、熱中症で倒れる者が続出した。加えて、当時の農民らは靴をはく習慣が

なかったため、靴ずれに苦しんで歩けなくなる兵士も多かった。こうして行軍中に3名が

死亡し、半数近くにのぼる1259名もの落伍者をだしてしまったのである」。

 

 その金沢における、誘致活動の一風景。誘致の噂をいち早く聞きつけた山師が用地を

買い漁り、結果としてコストは高騰。軍が用意した資金との差額を市民有志の献金で

穴埋めすることを余儀なくされる。その主意書における文言を引く。

「師団設置の事たる、独り国家の長計たるのみならず、又我が地方の利益を増進する

ものなり。師団の経費は毎年概算五十万円を下らずと聞く。是れ我が地方のため無限の

財源を作るものにあらずや。今夫れ僅々六万円の資本を以て、此の無限の財源を獲得

するを得るとせば、世上又此の如き有理の事業あらんや」。

 たった6万円の一時的な負担で、毎年50万円ものリターンを得られる。古今東西はびこる

あまりに美味しい経済効果論の実践をここに見る。

 

 とはいえ、それを真っ赤な嘘と退けるわけにもいかない。

 佐世保の雇用統計がそれを実証する。「鎮守府設置が決定した1886年にわずか

4111人だった人口が……1907年には76012人に達する」。職業別に見ていくと、

海軍職工2707人、日雇1428人、海軍軍人1001人、それに続くのは娼妓668人、

もちろんこの数字に私娼が含まれているはずがない。

 内務省が当時定めていた遊郭の設置基準では「戸数2000戸、人口1万人以上の

市街地」に限る。ただし、この規則もまた例外を持つ。「兵営所在地、船着場其の他

特別の事情あるものは、この限に在らず」。

 

 本書は国家予算に群がる地域社会の姿を活写する。

 その素材がたまさか軍隊であっただけのこと、昔も今も何ら変わるところはない、愛国心とは

すなわち福沢諭吉慕情の別言にすぎない。

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