遍歴時代
- 2018.05.04 Friday
- 22:12
「物をあらわすには自分を排除しなくてはならない。大槻文彦は頑固なくらいに、
それに徹した。しかし、『言海』の紙背にはいつでも大槻文彦がいる。見出語の
選択にも、語原の説明にも、語義の解釈にも、その文体にも、文彦が自分を抑える
ほどに、大槻文彦が浮んでくる。『言海』には大槻文彦の全生涯が凝っている。
……大槻文彦の『言海』は、ひとりの人間が17年、自分を顕すまい、物を顕そうと
つとめながら、古今雅俗の語と格闘し、自国語の統一をめざしてつくり上げたもので
ある。その裏に抑えがたく生れた個人の色であった」。
「他国の言語について知らない者は、自国の言語についても知らない」。
かのゲーテの言をなぞるように本書は展開される。蘭学を修めた祖父にはじまり、
三代にわたり洋学を志向した開国論者の系譜ゆえにこそかえって自国語の確立、
辞典の編纂が可能になる。
「一国の国語は、外に対しては、一民族たることを証し、内にしては、同胞一体なる
公義感覚を固結せしむるものにて、即ち、国語の統一は、独立たる基礎にして、
独立たる標識なり」。
この宣言だけで、現代の売国系自称グローバリストとも、亡国系自称愛国者とも
決して交わりえぬ文彦の崇高を窺い知ることができよう。
紙幅の過半は、攘夷と開国の間を揺れる政治劇に割かれる。戊辰戦争の後、父は
囚われの身となり、一度は死刑判決も下る。その渦中、息子は前人未到の辞書を志す。
何もかもが、天命だった。
物語は終盤に向かって苛烈を増す。
何とか原稿を文部省編輯局に納めるも、一向に製本の話は来ない。音沙汰もなく
二年の時が流れて、返ってきた答えが自費出版。校訂作業に没頭する結果、刊行は
さらに先延ばしになる。批判を受けて、睡眠時間を削る。印刷工場の事情によって
停滞を余儀なくされる。過労の果てか、補助を務めた男が急死する。生後一年にも
満たない娘も病でこの世を去った。追い打ちをかけるように妻も天に召された。
そうして『言海』は生まれた。文字通り、血の結晶だった。
この「狂人」の物語に文体の魔性が宿らなかったことだけが悔やまれる。