Separate but equal

  • 2018.05.04 Friday
  • 22:22

 国家の総力を動員しての戦争に、あえて利点を探すとすれば、それは階級を

多少なりとも平準化する作用にある。

 

19435月、人種隔離されたラングレーの西側の棟で、5人の黒人女性が働き

はじめた。本書でおもに語られるのは、のちに『ウエスト・コンピューターズ』として

知られることになる、この女性たちの物語だ。独自の豊かな生態系をもつ孤島が、

そのじつ地球全体の生態系とつながっているように、一見特異な、あるいは、

見落とされていた過去の人々や出来事を深く知ることで、現代社会との思いがけない

つながりや有意義な洞察が見えてくる。人種隔離の時代に、南部にあるNASA

施設で、黒人女性が数学者として雇用されていたという事実は、私たちが知っている

つもりであるアメリカの歴史に異議を突きつける。ともあれ、これはすばらしい物語だ。

それだけで、語る価値はじゅうぶんある」。

 

1940年、大学の学位をもっていたのは、黒人女性全体のわずか2パーセントに

すぎなかった。そのうちの60パーセントが、公立小学校や高校の教師になった。

技師になった者の割合は、ずばり0パーセント」。

 そんな時代に、黒人が、ましてや女性が国家機関で航空工学の研究に携わるなど、

「憧れようもなかった」。けれども戦争はそのチャンスを提供した。貴重な人材をただ

肌の色と性差だけを理由に跳ねのけている暇などなかった。

 とはいえ、彼女たちが「分離すれど平等」原則から瞬時に解放されたわけではない。

カフェテリアのテーブルには「有色人種の計算手」向けの標識が設けられていた。

トイレも別だった。通勤のバスには乗ることすらできなかった。

 総力戦体制は大戦終結後においても宇宙開発に舞台を移して続いた。教育資源の

分配による人材供給が叫ばれた。「ソ連の工業学校は女性だらけ」と新聞は煽った。

それでもなお事実上、「分離すれど平等」は維持された。「プリンス・エドワード郡の

学校は、1959年から1964年まで、5年間の長きにわたって閉鎖された。この影響を受けた

子どもたちの多くは……受けられずに終わった数学年分の教育をけっして取り戻す

ことができなかった。〔ラングレーの所在する〕バージニア州は、世界有数の科学的才能が

結集する州でありながら、国家の先頭に立って若者の教育を否定したのだ」。

 

「単なる個人の歴史としてはなく、誰もが知る物語の一部として語」る。

 筆者が掲げたこの目的は、かなりの部分で達成されてはいる、そしてそこに本書の

弱点がある。黒人として、女性として、マイノリティにおける同時代性の強調がうまく

いき過ぎているがために、逆説的に「個人の歴史」が史実の文脈に埋没してしまった

感がどうにも否めないのだ。平たく言えば、キャラが立っていない。

 結果として、「誰もが知る物語」の枠に留まらざるを得ない。

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  • 2018.10.19 Friday
  • 22:22
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