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    イミテイション・ゴールド

    • 2018.05.10 Thursday
    • 23:04
    評価:
    石井 妙子
    新潮社
    ¥ 1,728
    (2016-03-28)

    「昭和の大女優といわれた彼女は、ふたつの意味で世間から未だ忘れ去られずにいる。

    ひとつには彼女があまりにも気品に溢れて美しく、作品を通じて、観る人を今も魅了し

    続けているからである。ふたつには、そんな彼女がある日突然、理由も告げずに銀幕を

    去り、以来、姿を隠し沈黙を守り続けているからだった。……彼女は自分を語ることを

    欲せず、語り継がれることを望んではいない。その姿勢はこの先も変わりはしないだろう。

    できれば、もう忘れてほしい、そっとしておいてほしいと願っているに違いない。

     それなのに私は、評伝執筆を思い立ってからというもの、こうして自宅に赴き、返事は

    ないとわかっていながら手紙を託すのであった。彼女に静かな余生を過ごしてほしいと

    願う気持ちは私にはあるのに、何という矛盾であろう」。

     

     評伝としての基礎的な作法として言えば、論外と片づけるべきなのかもしれない。

     何せその心理描写が、当人の過去のインタビューや周辺人物の証言によるものなのか、

    単に筆者の自己投影の結果なのか、そうした文体的線引きがしばしばあまりに曖昧。

     論より証拠で、とりあえずランダムにページを開いてみる。

    「撮影所の片隅にいると自然に母が思い出される。病に侵される前、母がよく話してくれた

    大好きな猿の親子の物語を、心の中で自分に語り聞かせた。……節子は、その話をして

    くれた時の、母の腕のぬくもりや優しい声を思い出し、ひとり撮影所の片隅で泣く」(p.92f.)。

    「占領軍から施しは受けまいとした節子であるが、困窮のあまり、彼らの残飯を買って

    食べたことが、たびたびあった。……ある時、残飯の中からパンの耳が出てきた。節子は

    思わず泣いた。日本人はこんなにも飢えているのに、米兵はパンの耳を捨てるのか。

    悔しさと悲しさがこみ上げた。/彼女はこの屈辱を生涯忘れなかった。飢えのみじめさ、

    金のないことのみじめさを」(p.159)。

     いつしか銀幕から姿を消した原への取材に筆者がまさか成功したわけではない、

    そんな身分で「生涯」なんて語を用いて恥じない性根にはほとほと呆れる他ない。

     

     だが奇しくも、こうした無法な想像の余地こそがまさに原節子を原節子たらしめる。

     アイドルがアイドルであり続けるための要件はつまり、空虚な中心であり続けること。

    誰に何を言われようとも、スクリーンの向こうで不可侵のままに横たわる。

     そうした現象を通じて「原節子」は定義される。

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