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    リンゴの唄

    • 2018.05.15 Tuesday
    • 23:24

    「この経験は異常なものであった。この異常ということの意味はちょっと説明しにくい。

    個人の経験としても、一擲弾筒兵として従軍し、全滅にちかい敗戦を味わいながら

    奇跡的にも終戦まで生きのび、捕虜生活を2年も送るということも異常といってよい

    かもしれない。異常といえば、日本軍が敗戦し、大部隊がそのまま外地の捕虜となると

    いうこと自体が、日本の歴史始まって以来の珍らしいことである。

     だが私がここで異常というのは、もうすこし別の意味においてである。捕虜というものを

    私たちは多分こんなものだろうと想像することができる。小説や映画やいろいろの文書に

    よっても、また、日本軍に捕らえられたかつての敵国の捕虜の実際を見ることによっても、

    いろいろ考えることができる。私たちも終戦になったとき、これからどういうことになる

    だろうかと、戦友たちと想像しあった。ところが実際に経験したその捕虜生活は、およそ

    想像とはかけちがったものだったのである」。

     

     なんとも不思議な手記だ。もちろん今日の水準からすれば過酷を極めた生活には

    違いないが、筆者が認める通り、「想像以上にひどいことをされたというわけでもない」。

    本書の第1版は1962年、たぶん今よりももっと受忍論の支配は強かっただろう時代、

    シベリアを筆頭に捕虜生活の「異常」はより切実を伴って受け止められただろう時代。

     しかし、「それでいて(中略)すくなくとも私は、英軍さらには英国というものに対する

    燃えるような激しい反感と憎悪を抱いて帰ってきたのである。異常な、といったのは

    そのことである」。さりとて筆者が履歴をことさら特権化する意図がある風もない。

     どこか噛み合わない。そうした違和感が、結末間近に氷解する。

     帰国を前に「リンゴの唄」をレコードで聴く。「ラジオで23度聞いたことのある何だか

    ばかに明るい歌である。負けてアメリカに占領されて、女たちが無茶苦茶されて(と

    私たちは考えていた)、食糧不足で、こんな明るいとは……。やけくそなのか、それとも

    私たちが終戦を知ったときのように生きていた喜びからなのか。呆気にとられたような、

    たのもしいような変な気がした」。

     捕虜という仕方で戦争の延長を生き、勝者の支配に屈していた自分とはまるで別の

    時間が本土には流れていたことを知らされる。遡及的に自らの時間が空洞化していく。

    「無意味で過重で単調な労働の連続は、やがて兵隊たちの反抗心を失わせ、希望を

    なくさせ、虚脱した人間にさせていった」。あるとき、小隊長が「異常」に気づき漏らす。

    「捕虜だ、みんな。これが捕虜の顔だ。みんなまったく同じ顔だ」。

    「同じ顔」を生きていたその瞬間に、日本では「皆で歌えば なおなお嬉し」の流行歌が

    口ずさまれていた。

     彼らの多幸感が憎いのではない。その輪に入ることを妨げた英国が憎い。

     空白の時間を生きる、生きさせられる。それこそが「異常」なのだ。

     

     終戦から間もなく、同期生がアクシデントで命を落とす。帰還後に遺品を携えて彼の

    自宅を訪ねるも、母は既に他界しており、故人とは面識のない兄嫁の応対を受ける。

    折悪く「あいにくその人は泥棒が2階の窓から入りかけているのを見つけたと言って

    大騒ぎしているところであった。(中略)この若い人妻は、集まって来た近所の人に

    昂奮した大声で自分の発見をしゃべっていて、私たちが来意をつげても、ほとんど耳に

    入らぬ様子である。(中略)とりあってもらえぬ私たちは、なにかお聞きになりたいことが

    ありましたらと、名刺をおいて帰ったが、それきりハガキ1本の音沙汰もない」。

     祖国に戻るというのは、たぶんそういうことなのだ。

     戦争を生きるというのは、たぶんそういうことなのだ。

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