ラス・メニーナス

  • 2018.12.20 Thursday
  • 22:49

「ライフワークは単なる集団肖像画に終わってはならない。彼[ベラスケス]は、

青年期のボデゴンをスタート台として肖像画、風景画、さらには聖書、神話、

歴史を題材にした物語絵や風景画など、絵画ジャンルのすべてをこれまで

応用自在に手がけてきていた。いまはそれらの総合として、肖像画と物語絵を

融合したような記念碑、絵画を超えるような絵画、言わば絵画が絵画を語る

『メタ絵画』を描かねばならない。そこに絵画芸術の全要素を、同時に彼の

人生のすべてを統合するのだ。そう決意したベラスケスは、当時はアトリエとして

使われるようになっていたこの王太子の間に巨大なカンヴァスと鏡を持ち込んで、

絵筆を執り始めた。絵画史上の名作《フェリペ4世の家族》、愛称《ラス・

メニーナス》の誕生である。それはデカルト流に言えば、『我描く、ゆえに我あり

Pingo ergo sum)』、自らの目に対する絶対的な信頼(近代的な自我の表層)の

到達点であった」。

 

 ベラスケスの霊性がなせる業か、伝記にしてはるかに伝記を凌駕する。

 今でこそ芸術家といえば専らボヘミアンの別称を云うが、この時代は違う、

宮廷画家を拝命しつつも、同時に官吏としても仕え、遂には王室配室長

(日本流に言えば侍従長か、あるいは宮内庁長官か)の座へ上り詰める。

栄光の《ブレダ開城》をしたためたかと思いきや、スペインの斜陽を露わに

図像化してしまったことで「粘着質」と怒りを買う。聖の権化たる時の教皇の

肖像画さえも託された男が、その傍らで宮廷に住まう俗の表象たる道化や

侏儒を素材に自然主義の原野を行く。かつて「顔しか描けない」との酷評を

受けた男が、歴史の相から見れば、期せずして野外制作の先駆者となる。

 彼の歩みが孕んだ対立概念の織りなす眩暈を誘うプリズムは、至るべくして

世紀の傑作《ラス・メニーナス》へと至る。鏡を介して交わるはずの視線が

果てなくすれ違う、その乱反射を捉えた絵画は、単に肖像を超えて、物語を

訴えずにはいない。この仕事をめぐり「絵ではなく真実」と評した者がある。

 あるいは、このテキストもまた、「画家の画家」の導きにより、神がかりを

宿してしまったのかもしれない。

 事実を超えて「真実」がある。

 いみじくもそれは人が日常を止揚する物語を希求する所以でもある。

 この僥倖はすべて一枚の絵に由来する。《ラス・メニーナス》史観に彩られた

ベラスケスの軌跡は、その延長に本作を生み落とした。

 平面で世界は記せる。

 誰しもが《ラス・メニーナス》の中にいる。

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