おもひでぽろぽろ

  • 2018.12.31 Monday
  • 18:51

「今回の旅は、表向きはひとつの曲[ショスタコーヴィチ作『交響曲第7番』、

通称『レニングラード』]の誕生から初演までの軌跡を追う取材旅行だ。

しかし同時に、それは私が長年抱いてきた疑問への答えを探す旅でもあった。

 巨大なソビエト連邦が、なぜ音を立てるように崩壊したのか。ソビエト連邦とは

なんだったのか。私は25年間、そのことを考え続けてきた。

 長い低迷期を経て奇跡の復活を果たし、再び大きな転換期を迎えたロシア。

 現在のロシアは経済的にも安定し、一見自由主義を謳歌しているように思われる。

しかし、私はそのなかに、確かにソ連の幻影を見ることができた。

 崩壊直前のソ連を見た10歳の私、学生運動の夢破れた両親、戦後捕虜となった

祖父――。ソ連と私の家族の世代を超えた繋がりは、私の内面にも深く関わっている。

 この本は、そんな私の中のゴースト、『ソビエト連邦』への旅の、全記録である」。

 

 ひとつの都市を滅ぼすのに、銃弾も歩兵もいらない。すべての経路を断ち切って、

兵糧攻めにさえしてしまえばいい。

 電気も、水道も、食糧も途絶えた極寒のレニングラード、ナチスの奸智は見事に

はまったかに見えた。陸の孤島に取り残された住人はカラスも食べた、ネコも食べた、

そしてついにはヒトも食べた。

「大砲が鳴るとき、ミューズは沈黙する」、はずだった。

 ところが、人間性の極北、レニングラードにおいてさえ、市民は希望を求めた。

劇場を、音楽を、欲さずにはいられなかった。

 作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチには、その声に応える責務があった。

「私の生活と仕事は、レニングラードと完全に結びついている。レニングラードは、

私の祖国です」。

 街の記憶の足跡に、筆者の歩みが交差する。1991年、崩壊前夜の夏のソ連を

テレビ番組公募企画の子ども特派員として訪ねた10歳の「私」。そして両親は、

全共闘のただ中で恋に落ちた。

 

「人に歴史あり。誰にでも、自分だけの物語がある」。

 他で既に読んだことのあるような、何の目新しさもない、ごくごくありふれた表現、

しかしこのフレーズが配された文脈を参照すれば、本書の主題そのものを傷つける

おぞましいほどの醜悪さに気づかざるを得ない。

 いかなることばを受けて、この無神経を極めた記述が繰り出されるのか。その直前、

訪問した博物館の館長は言う。

「それ以降、自分の人生は自分のものではなく、誰かの命を背負っているのだと

父は考えるようになったそうです」。

 もはや「自分だけの物語」への揺蕩いを許されぬことに目覚めた人物を評して、

筆者はそれを「自分だけの物語」と語っているのだ。たとえ言わんとするところに

知られざる秘話という以上の意味がなくとも、これを鈍感と咎めずにいられようか。

 そして本書を読んだ者ならば誰しもが、この「父」の覚醒にショスタコーヴィチを

オーバーラップさせることになる。「自分の人生は自分のものではなく、誰かの命を

背負っている」、そうして彼は『レニングラード』を書き上げたのだから。

 あるいはそれを受け止めたソ連の聴衆にだって、同じことはあてはまるだろう。

 彼らの軌跡を「自分だけの物語」と筆者は片づけてしまったことになる。

 

 とはいえ、こうした読み替えさえも現代的な文脈を告発する、すぐれて見事な

巧まざる技巧と称賛せねばならないのかもしれない。

 筆者がこの取材に旅立ったのは2016119日(日本時間)、空港ロビーの

テレビが伝えるニュースはアメリカ大統領選挙、ドナルド・トランプ優勢の報。

国民がもはや国民であれなくなった時代の画期に、「ソ連人」の幻影を追う。

 もはや誰しもが「自分だけの物語」を唱えるしかない、それは筆者が典型的に

そうしたように。

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