マニフェスト・デスティニー

  • 2019.01.07 Monday
  • 22:27
評価:
ウィリアム フォークナー
光文社
¥ 1,685
(2018-05-09)

 アメリカ南部ミシシッピ州の町、ジェファソンで殺人放火事件が発生する。

被害者は、「年寄りじゃないよ。若くもないけど」な白人女性、炎に焼かれた

広い屋敷に独身住まい、「毎日一定時間、静かに机に向かい、年齢を問わない

さまざまな人に、聖職者と銀行家と看護師を兼ねたような立場から、実際的な

助言をする」ことに従事していた。

 事件を知った遠い縁者は間もなく、逮捕協力者への懸賞金を提示した。

早々に保安官の捜査線上に浮上したのは、離れの小屋に暮らしていた男。

行方をくらました容疑者、見た目は白人、ただし黒人の血を引いていた、

少なくとも本人はそう信じていた。

 

「時間が続いていく中、無数のことが起きるが、何もかも覚えのあるものばかり。

というのも、かつて起きたことはすべてこれから起きることと同じであり、

未来と過去は同じものだからだ」。

 この群像劇においては、登場人物のことごとくが時間を失う。

 ある指名手配者は逃避行の途上、疲労のせいか、「この30年、数字と

曜日で表される日日が柵の市中のように整然と並んでいるその柵の内側で

生きてきたのに、ある夜眠りについて、目が覚めるとその外側にいた」。

 ある牧師が壇上で説いたのは決まって南北戦争期、ジェファソンの地で

勇躍した祖父をめぐる英雄伝。彼は「自分が生まれた日より30年も前の、

祖父が疾駆する馬の背から撃ち落とされた日だけを生きてい」た。「機械的な

時間とは無縁に生き……とは言っても時間を失ってしまったわけではない。

……時計の助けを借りずとも、日曜日の朝の礼拝と、日曜日の夕べの礼拝と、

水曜日の夜の礼拝の、始まりと終わりを示すふたつの決まった瞬間の間に

自分がどこにいて何をしていたか、そのことを思うだけですぐに判るのだ」。

 とある老女もまた、失われた時の中を生きる。ようやく孫を授かるも、

その顔にまみえる機会すら与えられぬまま袂を分かち30年、偶然に出会った

赤子に孫の幻影を「ごっちゃ」にせずにいられない。

 なぜに架空の町、ジェファソンでは、時の流れが歪むのか。

「お祖父さんや、お兄さんや、父さんや、おまえが生まれるずっと以前に、

神がある人種全体にかけた呪いのために殺されたんだ。その人種は永遠の

呪いを受けて、罪を犯した白人に対する呪いとなる運命に定められた」。

 この地を、この小説を縛るのは、南北戦争、もしくはさらに遡って建国史、

アメリカの宿痾が彼らの「未来と過去は同じもの」たらしめる。

 そこに「希望」を投げ込むのが、自らのフィアンセを追って町に分け入る妊婦、

無垢にして、つまりは無知な。そんなマリアと子どもを引き受けようと決意する

ヨセフに向けて牧師は訴える。

「立ち去るんだ。今すぐに。この町、この恐ろしい町、このとんでもなく

恐ろしい町から、永久に立ち去るんだ。……きみは希望を持つことを

覚えたんだ。それだけだ。希望を持っただけだ」。

「主よ、いつまでですか」との旧約聖書「詩編」の嘆きは永遠に保留される。

「希望」は常に「呪い」の現実を前に跪伏を余儀なくされるのだから。

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  • 2019.01.21 Monday
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