点滴岩を穿つ

  • 2019.01.25 Friday
  • 23:35
評価:
ボブ ウッドワード,カール バーンスタイン
早川書房
¥ 1,296
(2018-09-05)

 野党候補者の集金パーティーでの出来事。

「注文しない酒、花束、ピッツァ、ケーキが代金引換えで届けられ、さらに

呼ばなかった芸人もやってきたのだ」。

 ただのネトウヨあるあるか、とため息を誘われることだろう。

 ところが、作戦と称するのも馬鹿らしいこの嫌がらせの指揮を執ったのが

ホワイトハウスと大統領再選委員会の側近というから、穏やかではない。

しかも、愛国心とやらでは動くはずもない実行部隊を雇い入れる資金は

すべて政治献金のロンダリングから拠出された。

 

 はじまりは1972617日朝、ワシントン・ポストのルーキーが受けた

一本の電話。「カメラと盗聴装置を持った5人の男が民主党本部不法侵入の

現行犯で逮捕された、すぐに出社できるか、というのだった。

 ポスト紙に入社してまだ9か月のウッドワードはかねがねやりがいのある

土曜日の仕事を希望していたが、これはどうもそれらしくない。地元の民主党

支部の不法侵入では、非衛生な飲食店や小さな警官汚職の取材記事といった、

いままでにやってきたことと変りばえがしない」。法廷で被告のひとりが

CIAとの履歴を明かすのを聞いたところで、その印象に大差はなかった。

「事実、不法侵入は共和党側の工作かもしれないという考え方は成立しない

ように思われる。……大統領は、出馬を表明していた民主党の大統領候補

全員を合わせたより世論調査で19パーセントもリードしていた」のだから。

「金がこの事件の鍵だ」。

 転機はある弁護士の一言、「こそ泥」など氷山の一角でしかなかった。

 

 ウォーターゲートなど良くも悪くも端緒に過ぎない、大統領の弾劾へと至った

このケースをその名で呼ぶこと自体が、既に問題を矮小化している。

「記録盗難、怪文書、集会中止、……にせ電話、運動予定の妨害」、何もかもが

大統領陣営によって仕組まれていて、「どれ一つとして独立したものではない」。

 その数カ月前、自らに不都合なペンタゴン・ペーパーの公表を妨げるために

報道の自由をねじ曲げることすら厭わなかったニクソンを相手に、細かな糸を

手繰り寄せて、事実のタペストリーを紡いで挑む。

 本書が一際息を飲ませるのは、石橋を叩いて渡る調査報道の緊張にある。

一介の書物やWikipediaが事件を取り上げるに数行で済ませてしまうような

何気ない記述にさえも、裏取りのリソースが果てなく費やされる。

「『きみには協力したい。ほんとうにそう思っている』と〔司法省の〕法律専門家は

言った。『でも、わたしからは何も言えない』」。

 そんな電話越しの取材対象に記者は提案する。

「記事をおさえる理由があれば、10までかぞえないうちに、法律専門家は電話を

切ってしまうのだ。もし10かぞえたあとも、電話を切らなかったら、記事掲載は

心配ないという意味になる」。

 果たしてカウントは10へと至り、沈黙は時に金となる。

 遂にキーマンを明るみに引きずり出した、と記者に訪れる安堵の瞬間、

ところがこのやりとりが思わぬ大誤報を招き寄せる。

 

 ゴーサインの出た特ダネが印刷機へと回り、郵便受けや売店に送られる、

その数時間のロスでさえ、記事の賞味期限を奪い去るには十分に過ぎる、

そんな現代を生きる者にとって本書の記述はいかにも地味に映るだろう、

しかしだからこそ手に汗握る、ページを繰るほどに引きずり込まれる。

 やがて訪れる水門の決壊、このカタルシスがどこのSNSに転がっていようか。

 誰のために報じるか、奉じるか。

 それはまさか、ネットの祭りに付和雷同するイナゴのためであろうはずがない。

民主主義の舵取りを可能にする報道の自由をはじめとした憲法理念の下に集う、

党派やルーツを超えたすべて国民のためにファクトを伝える。

 国民が国民であることをやめた世界に報じる道などもはやない。

スポンサーサイト

  • 2019.09.15 Sunday
  • 23:35
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック