人の不幸は蜜の味

  • 2019.02.07 Thursday
  • 23:32

「本書に描かれているのは、1860年に英国のカントリーハウスで起きた殺人事件

――おそらくは当時もっとも騒がれた事件――の物語である。その殺人犯の捜査は、

初期の刑事たちの中でも最も能力のある人物のキャリアを脅かし、英国中に

“探偵熱”をもたらし、探偵小説誕生の指針を与えることとなった。被害者一家に

とっては、屋敷にいたほとんど全員に疑いの目が向けられるという、異常なまでに

恐ろしい殺人事件であった。だが国全体にとって、このロード・ヒル・ハウス

殺人事件は一種の寓話となった――ヴィクトリア朝時代の家庭と、探偵行為の

危険性についての、暗い寓話である」。

 

 チャールズ・ディケンズも、ヘンリー・ジェイムズも、誰もが事件に魅せられた。

コリンズ『月長石』にインスピレーションを与えたのもこの事件だった。

 鍵とかんぬきで閉ざされた屋敷の内部で3歳の少年が姿を消し、やがて便器から

首を深く裂かれた遺体として発見された。そして間もなく邸宅にいたすべての者に

懐疑の目が注がれた。同じ育児室で寝ていたシッターの場合、その動機は密通を

幼児に目撃された口封じとされた。前妻の子どもたちによる嫉妬というのも確かに

説得力があった。失踪を知った父親は近くの署ではなく、少し離れた知己の警視の

もとへと自ら馬車で出向いた、この選択も言われてみればいささか不可解。

 隠されれば隠されるほど見たくて見たくて仕方ない、プライバシーなる新概念が

強調された時代だからこそ、ケント家の何もかもが好奇の視線にさらされた。

「殺人事件は、鎧戸を閉じた中流階級の屋敷の内部に展開していたものを暴いて

しまいかねない。ヴィクトリア朝社会で尊敬されている深窓の家族に、不健全で

有毒な、性的で感情的な瘴気がひそんでいることもあるかのように見えた。

ひょっとしたら、プライバシーが罪の源泉、楽しい家族の光景を芯から腐らせて

しまう病なのかもしれない」。

 

 時の経過が横溝正史の禍々しさをいや増すように、ヴィクトリア朝という舞台が

本書のスリルを限りなく引き出す。今日の刑事裁判の基準に照らせば、証拠能力も

それをあぶり出す科学的手法もあまりに乏しい。しかし当時の報道競争(狂騒)は、

今日改めて書籍をまとめてなお、溢れんほどの情報を供さずにいない。それでいて、

どうにも書き切れぬ、埋まり切らぬ間隙がある、ゆえに想像をそそられる。

 そして筆者も、同時代人が各々の推理をスコットランド・ヤードへと書き送らずに

いられなかったように、新たな見立てを提示する。事件から150年が経過している、

いかに現代的な知見を補強に用いてみたところで、そうかもね、以上のものとは

なり得ない。そもそも論として、どれほど理が通っていようとも、調査報道たりえぬ

状況で時効を逆に楯に取ったようなプライバシーの侵害を認めるべきとは思えない。

 とはいえ、筆者にそうさせしめるだけの誘惑が事件から滲むことは否めない。

 鼻白む歴史の事実は、華麗を極めた陰謀論の真実を前に屈従を余儀なくされる。

 仕方ない。なぜならば、事実は常に退屈だから。

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  • 2019.09.27 Friday
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