一人酒盛

  • 2019.02.20 Wednesday
  • 21:56

 過日、iTunesのシャッフルモードで唐突に枝雀の「一人酒盛」に出くわす、

あの熱量に向き合う気構えなどまさかなかった。

 うまい。

 瞬時に人格が入れ替わる。「演じ手」としての巧みに手が止まる。

「人形だけが見えて人形遣いは見えない」。

 

「いつの頃からか持ちネタを六十にしぼったのでございます。『六十』という数字には、

宗教的な意味も、ましてや哲学的な意味もございません。自分の好きなネタを集めて

みますとたまたま六十になっただけのことでございます。

 どの噺も何百とある大阪落語の中から選んだ私の仲間なのです。……どの仲間も

好きで好きでたまらないネタばかりでございます。私の愛する仲間たちのノロケ話で

ございます。ネタのはなし、楽屋裏ばなし、想い出ばなし、むかしばなしにムダばなし、

いずれも話にひっかけましての六十プラス一席。おしまいまでごゆっくりとおつきあい

お願いいたします」。

 

「いらちの愛宕詣り」から。

「突然ではございますが、『いらち』[「イライラ、せかせかして落ち着きのない

人のこと」]でなければはなし家はやっていけないと思うのでございます。

『いらつく』ということは、いわば他人さんよりも先にダレるということであります。

ダレりゃこそいらつくわけです。フツーのテンポではしんぼうできない、とりあえず

次のことをせずにはおられないんですね。こういう神経は、ことにわれわれ芸人には

大切なんやないでしょうか? 一般のお人と同じようにダレてたんでは、おもしろいと

思うていただけるようなことができるはずがありません。他人さんのダレる一歩手前に

ダレが予測できて先に何かおもしろいことをしなければいけないわけですね。

それ故、芸人はすべからく『いらち』の方が良い――とこう思うのでございます。

 別の言い方をいたしますと、はなし家は『こわがり』でなければいけないので

あります。『こわがり』というのはなにかがあった時に反応が早いんです。ことに

それがマイナスの要素であれば敏感に反応しますから、聞き手の皆さんがどう

思っておられるか常に神経をいき届かせていることになります。

 そして、もうひとつ、はなし家は性格が暗い方がよろしい。昨今で申します

『ネクラ』というやつですな。性格が根っから明るい人は、別に無理におもしろい

ことを探さんでもええわけですから、かえって『どんなことがおもしろいのか?』と

いうことがわからないのです。『常識を弁えているからこそ、非常識なギャグが

創れる』というのは本当なんです。『ネクラの常識人』であるからこそ、おもしろい

ことが言えるんでございます。

 以上を総合いたしますと、『はなし家は、いらちでこわがりでネクラでなければ

ならない』――よう考えたらロクな人間やございませんね」。

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  • 2019.09.15 Sunday
  • 21:56
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