「それが生存者の務めなんだと思う」

  • 2019.03.04 Monday
  • 23:35

 風が吹けば桶屋が儲かる。

 そのロジックをWikipediaに頼る。曰く、風が巻き起こす土ぼこりが盲人を増やし、

彼らが手に職をと三味線を買い求め、その材料に皮が用いられるためネコが激減し、

天敵の消えたネズミが我が物顔で家宅の桶をかじって回るので、桶屋が潤う。

 事象と事象の連鎖の先に、思わぬ帰結が待ち受ける。

 

 繋がる、ということ、レベッカ・マカーイの短編集『戦時の音楽』について。

「これ以上ひどい思い」の主人公は、「取り憑かれており、世界の、つまりは過去と

現在と未来の亡霊や、炎や、世界の悪を見ることができる」、かもしれない少年。

音楽家の父に同伴してその郷里ルーマニアを訪ね、そしてコンサートでの演奏中、

歴史と繋がる。彼は父の顔に「何かを見た、……若きラビが何かを見たのだ」。

11月のストーリー」は、多様なジャンルの若手芸術家が共同生活の中でふるいに

かけられるリアリティ・ショー、つまり、演出によって繋がることが作り出される

場面としての。視聴者を惹きつけるために必要なのは恋愛、ならば制作サイドの

「私」たちにできるのはカメラを回すことではなく、彼らの接近を媒介すること。

曰く、「二人の人間が愛に気づく手伝いをする。そのどこがいけないの?」

 あるいは、繋がることに不能を来した存在としての「砕け散るピーター・トレリ」、

「公演の最中に、まさに科白の途中で、わが友人は突然、そして永遠に、演技する

能力を失ってしまったのだ」。奇しくも彼が吐き捨てる、「『昔は何か意味があるって

信じてたけど、そんなものはないんだ。シナプスがでたらめに繋がってるだけさ』」。

 

 そして、祖母と「私」が繋がるシーンとしての「侍者(第二の言い伝え)」。

「祖母が書いた最も長い小説には、ルーマニアのモルダヴィア地方出身の男が、

恐るべき〈鉄衛団〉によって射殺される場面があるのだ。十年前に私が書いた

短編小説では、モルダヴィア地方の街ヤシで〈鉄衛団〉によって射殺された人に

ついて、アメリカ人の少年が知ることになる。私は地域を当てずっぽうに選び、

その歴史に引き込まれてどっぷり浸かっていただけだった」。

 あからさまに自伝の匂いを湛えるこの作品に、フィクションか史実かを問うことは

意味をなさない。例えば、目の前の靴底がすり減っていることは刻まれた歩みを

自明に表さない。繋がること、繋ぐこと、それこそが物語る作用なのだから。

 

「爆破犯について私たちの知るすべて」より。

「事実を繰り返していけば、そのうちに歴史のように思えてくるだろう。何度も語れば、

そのうちに運命のように思えてくるだろう」。

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  • 2019.07.19 Friday
  • 23:35
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