風見鶏

  • 2019.03.14 Thursday
  • 22:20

「国鉄の経営が単年度赤字に陥ったのは、東海道新幹線が開業した昭和39

1964)。それから20年余。公共企業体『国鉄』は、労使の対立と同時に、労働組合

同士のいがみ合い、国鉄当局内の派閥抗争、政府、自民党内の運輸族や、組合の

支持を受けた社会党の圧力などが複雑に絡み合い、赤字の解消や経営の合理化

などの改革案は常に先送りにされ続けた。その結果、莫大な累積債務を抱え、

ついに『分割・民営化』という“解体”に追い込まれ、7万人余の職員がその職場を

失うことになったのである。

 国鉄当局も組合も、いずれ政府が尻拭いするだろうという甘い『親方日の丸意識』に

安住し続けた。これを打破し鉄道再生を図ろうと、井手正敬、松田昌士、葛西敬之の、

『三人組』と呼ばれる若手キャリアを中心にした改革派が立ち上がり、『国鉄解体』に

向けて走り出す。その奔流は、国鉄問題を政策の目玉に据えた『時の政権』中曽根康弘

内閣と、『財界総理』土光敏夫率いる第二臨調の行財政改革という太い地下水脈と

合流し、日本の戦後政治・経済体制を一変させる大河となった」。

 

 本書が試みんとするのは「国鉄維新」史観。経営陣、労組、政界――やがて民営化を

もってひとまずの終焉に至る国鉄史の叙述が臨場感をもって語られる。

 しかし読むほどにどうにもその違和感が深まっていく。肝心のステーク・ホルダーが

抜け落ちてはいないだろうか。

 そう、鉄道行政を司っていたはずの運輸省の動向がきれいに欠落しているのだ。

その奇怪さがいよいよ表出するのが1985年、「国体護持派」総退陣により新総裁に

就任するのが杉浦喬也、ほんの1年ほど前まで運輸事務次官の職にあった男だ。

第二臨調の提言を受けての分割・民営化への動きが加速する中で、本来ならば

キーパーソンとしてその言行が取り上げられていなければならないような立場に

あった人物がここでようやく顔を出す。その果て、グループ中核のJR東日本の

初代社長に就任したのが元運輸事務次官の住田正二と来れば、もう訳が分からない。

こうした人事を誰が采配したのかが問題なのではない、役人としての彼らの振る舞い

それ自体にこそ焦点が向かわねばならない。政治主導の物語を描き出すために

官僚がなきもののごとく遇される、グロテスクという以外にどう形容できようか。

 そうして本書をさらい直すと、現在なお続く社会の基礎インフラとしての国鉄(JR

第三セクター)に定められたといってよい、構造不良問題が見事なほど書き換えられて

しまっている相に否応なしに気づかされる。合理化を阻む抵抗勢力としての労組、

旧経営陣の処遇へと負債はいつしか集約される。しかし事実はそれとは著しく異なる、

つまり国家百年の計としての運輸省主導の設計思想にこそ、その根幹は横たわる。

 にもかかわらず、その点はほぼ蔑ろにされ、「裏日本」の過疎をめぐる主題は単に

日本列島改造論の頓挫とすり替えられ、終始、運輸省は姿を現すことがない。

 

 ある面本書は新しい、何せインフラの話をインフラなしで済ましてしまうのだから。

 なるほど確かに、政治劇への拍手喝采は86年衆参同時選空前の大勝を招いた。

そのドキュメントとしては成立している。

 とはいえ、劇は劇、リアルはリアル。

 そして結果、「平成」なる失われた30年に大いなる示唆をもたらし得たであろう

この「昭和」の試金石は、秘めたる教訓をまるで引き出されぬまま終わる。

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  • 2019.08.18 Sunday
  • 22:20
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