ライフ・ゴーズ・オン

  • 2019.03.22 Friday
  • 22:48

「一見すると、スチュワーデスは大戦後の保守的なジェンダー・ロールを体現している、

と思えるかもしれない。理想の男性と結婚し、身を固めるためなら喜んで仕事を辞めた、

1950年代の神話化された主婦たちが、非の打ちどころのない空挺部隊に生まれ

変わった、というわけである。口紅を塗り、哺乳瓶を温めて、マティーニをシェイクする、

スチュワーデスはこの上ないお嫁さん候補、みながそう考えていた。……踏み込んで

みれば、彼女たちは最先端の科学技術と共に働く、洗練された、自立志向の、向上心ある

キャリアウーマンでもあった。この偶像化された女性は、労働人口のなかで特異な位置に

あった。彼女たちは、戦後の家庭的な理想像〔専業主婦〕と女性に開かれた賃金労働

〔キャリアウーマン〕との隔たりを橋渡しして、働く女性に社会的受容と尊厳とを

もたらした。スチュワーデスは、家庭的な理想と、家庭を離れて行う仕事という、

この双方を股にかけていたのである。やがてスチュワーデスは、アメリカでフェミニズムの

地歩を固める立役者となった」。

 

 闘いと、闘いと、そして闘い。ワンダーウーマンとしてのスチュワーデスについて。

 

 その女、パトリシア・バンクスはスチュワーデス志願者の中にあって、申し分のない

スペックを備えていた。スチュワーデスの専門学校では極めて優秀な成績を収めた。

仕事と並行してカレッジまでをもかけ持ちし語学に堪能。航空会社が定めていた

プロポーションの基準もクリア。何もかも完璧だった、ただ一点、彼女が黒い肌を持つ

アフリカ系アメリカ人だったことを除いては。いつしか彼女の戦場は人種差別訴訟を

超えて、「アメリカ人らしい女の子」という概念へと移る。

 

 ときに彼女たちは社会のトレンドとも闘う羽目になる。

 ジェット機時代の到来する50年代の身体に求められたキーワードは「グラマー」、

つまり「従来のお隣りの女の子風情のスチュワーデスと比べて、高身長、細身、そして

国際色豊か」なエリート、換言すれば、「飛行機と同様、画一化されて、合理化された

ある種の規格品になった」。

 正統派は限りなくオールド・ファッションに近づく。ベトナム戦争期のアメリカを

カウンター・カルチャーの波が襲う。「若者市場がアメリカの市場になった」。

航空会社が新興マーケットへの宣伝要員として目をつけたのがスチュワーデス、

彼女たちに性の解放を体現させることだった。その制服に用いられたのは例えば

エミリオ・プッチの華やかな色彩、あるいはチェルシー・ルック。広告ポスターは

蠱惑的な笑みを湛える。

 体重制限、年齢規定、妊娠・結婚の禁止――眼差しを集める職種ゆえにこそ、

やがて彼女たちは自らの束縛をめぐる不条理に目覚める。そんな視線を彼女たちは

したたかに逆用する。彼女たちの美がフェミニズム運動の武器へと変わる。

 

 そして彼女たちが巻き込まれた最大の闘いは、米ソ冷戦だった。

1968715日、モスクワとニューヨークを結ぶ最初の定期航路が、パン・アメリカン

航空とアエロフロートとの合意により、開始されたのである。……就航は実際のところ、

プロパガンダ合戦の発火点となった。つまり、このフライトは、国家理念をお披露目する

国際的な晴れ舞台となったのである。アエロフロートとパン・アメリカン航空が対峙した

とき、海外を飛び回るジェット・セットの女性たちは、相互の国家理念を体現する

偶像となった。……世界の舞台で理想の女性らしさを張り合う代表者たちとなった」。

 華やかな衣装をまとい化粧で固めたアメリカのスチュワーデスは、消費社会の繁栄を

具体する「アメリカン・ウェイ」の代名詞となる。対して口紅すら知らないソビエトが

称揚したのは、「労働力の担い手としての女性の立場であり、これが女性らしさの

理想像として信奉されていた」。その価値規範に従えば、米国人スチュワーデスは

ジェンダー・ロールに抑圧された、男女格差の犠牲者でしかなかった。

 ところがこの「雪解け」が彼女たちに思わぬ混淆をもたらす。

 

 いい意味で、本書は高嶺の花に託された神話履歴をはるか超える。時代の波を

いち早く先取りした女性史として、とても丁寧に調べられたテキストとなっている。

 彼女たちは今――「新しいビジネス環境の到来によって、航空会社は競合他社を

出し抜くために、過激なセックス・アピールに頼る必要もなくなった。より安い運賃が、

第一に求められるようになったからである。1980年代のはじめには、乗客たちはより

多くの路線と、より安いチケットを目にすることになった。気取ったサーヴィスは

行わない、これが標準となった。グラマーは失墜してしまった。……かつて、大空で

接客していた偶像化された女性たちは、もはや特別な社会的地位や、尊敬を受ける

こともなく、空で働くウェイトレスに格下げされてしまった」。

 こうしてサービスを受ける側も授ける側も真に「規格品」となった。

 マクドナルド化、セブンイレブン化した社会を先行した彼女たちの次の一手も既に

ほぼ確定している。つまりはGAFA化する社会、言い換えれば、モノや情報を動かす

必要はあっても、ヒトを動かすべきいかなる合理的理由をも持たない社会。

 そうしてAIにバベルの塔から追放される人間は、高く高く果てなき空を諦めて、

地上半径数メートルのつつがない幸福を求める。

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  • 2019.08.18 Sunday
  • 22:48
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