我を忘れる

  • 2019.04.04 Thursday
  • 22:59

「コミュニティや自然に対する現代人の望みとは、大きな全体の中で意識と自己を

失いたくないという望みである。それはしばしば子宮やエデンへの回帰の欲望と

呼ばれている。分節化は、人間の創造的な努力の初めの段階ではうまくいって

いたが、あまりに行き過ぎてしまったのだ。……意識と、それに伴って強まった

自意識はあまりに孤立し苦痛になった。ときにわれわれは知識の木から果実を

食べなければよかったと思い、エデンに帰りたいと望み、世界中のものに名付ける

ほどの意識はもちたいが、自分自身を名付けるほどの意識はもちたくないと思うのだ。

しかし、ときにまたわれわれは自分の個性や、揺るぎない意識や、自分たちが

逃れられない主観性の虜であることを誇らしく思うのである」。

 

「分節化」をめぐるトゥアンの例証は、あまりに意外なところから大胆に切り込む、

つまりは食卓から。

「近代以前の芸術では、差異ではなく豊穣が鍵となる概念なのだ」。

 ある詩人が伝える宴会料理は、「6羽の鶏、3羽の兎、6羽の鳩が同じ皿の上に

出された巨大なミックスグリル」、好まれた調理法といえばごった煮。質より量という

発想すらもない、「量や費用が料理の良し悪しのたった一つの規準であった」。

 だがやがて文明なる知恵の実の味が知られる。「テーブルマナーと食器の

発達は、いわゆる文明というものに対する感受性が次第に強まってきたことを

示している。文明人とは、食べ物の種類にしろ人の種類にしろ、とにかく動物性や

自然の機能や暴力やきたなさや乱雑な混ざり合いといったものを感じさせる

すべてのものと自分との間に、意識的に距離を置こうとする人間」を指して言う。

 彼らはフォークを知る、テーブルナイフを知る、次いで共同で使われていたそれら

食器を各自で用いることを知る。過ぎたる「分節化」はヴィクトリア朝に観察される。

「最初の料理がテーブルの上に置かれる前でさえ、すでにそれは積みすぎのように

見えた。テーブルは食欲を満たすための食べ物の重さのためにではなく、高度に

発達した切断用の道具と容器でつぶれそうだったのである」。

 

 理性の発展形態としての「分節化」、ヘーゲル史観ならば、直進的な運動の到達点に

一応の決着を見るだろう。ところが、筆者の議論はそれを混ぜ返すように展開する。

 再開発という仕方でウェルメイドな「分節化」を志向することがむしろ都市を破壊する、

その批判の急先鋒ジェイン・ジェイコブズを援軍に、筆者は自意識と共同体をめぐる

例の「ディレンマ」において、後者への回帰を訴える。彼に言わせれば所詮、「個人は、

共同体の集団的で非内省的な性質が崩壊し始めないうちは出現できない」、それは

奇しくも漱石が、祖国を離れ遠くロンドンの自室で「知識人の孤独」に覚醒せざるを

得なかったように。

 

 ポスト3.11の絆語りは空文と消えた。なぜならば誰ももはやトポスを持たないから。

 1982年の本書の予言の先鋭性と敗北を「平成」に見る。

 ウォークマンが持ち込んだ街並みの個室化は、スマホの到来をもってますますの

完成を見た。はじめて訪れた土地で食事の場所を探すのに、現代人はもはや自分の

目や鼻を頼ることをやめた。食べログのレートを見るか、ファストフードで済ます。

そもそも旅先を決める指標すらもスマホ、典型的にはどれだけインスタ映えるか。

すれ違う人々は背景ですらあれない、歩きスマホの危険を訴えようにも、フィルター

バブルの内側の彼らにそのことばを届けるためのチャンネルを社会は持たない。

ゆえに一度スマホの電源が落ちれば、液晶が鏡映しにする己が姿に「分節化」の

極北を突きつけられる羽目に遭う。いや事実はそんな葛藤すら持たない。google

Wikipediaなどに記憶の外付けを完了した彼らに思うべき何かなどないのだから。

 空前のバブル景気の中で買い叩かれた共同体への回帰は唯一、「宗教的な霊感に

よって作られ」る。「習慣や伝統的価値は永遠」とすることができない時代において

「客観的あるいは超越的な価値や規則を提供」できるものがあるならば、それは神。

「神からもたらされたものであるためにすべての人が同意しなければならない」、

にもかかわらず、その同意が引き出されなければ、ジュリアン・ソレルが言うように

暴力に訴えるほか道を持たない。

 オウム真理教が「ハルマゲドン」に至るのは必然だった。

 平成の事件は平成のうちに。そうしてこのケースは強制的にシャットダウンされた、

あたかもそれは「天皇中心の神の国」の不可能性を証明するように。

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  • 2019.05.31 Friday
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