ロスト・シティ・レディオ

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 20:06
評価:
国分 拓
新潮社
¥ 1,728
(2018-06-22)

 ペルー・アマゾンの奥地に暮らす「先住民はみな、森と川の民族と言われている。

……自給自足の暮らしに変化が訪れたのは、百年ほど前のことだった。ドミニカ

修道会やカプチン修道会のミッション団がやって来て、『文明』を伝えたのだ。

 修道士たちは、裸で暮らしていたイネ族に衣服を与え、病気になれば薬を与えた。

聖書も渡し、その中身を理解させるためにスペイン語を教えた。

 数十年前からは、欧米の国々から資金援助を受けたNGOが来るようになった。

北欧や、旧宗主国であるスペインの王室から資金援助を受けたNGOは、イネの

人たちに『民主主義』や『人権』やペルーの『歴史』を教え込んだ。

 ロメウはそんな、一気に文明化されていった集落で育った」。

 都市部で教育を受けたロメウは、集落に戻ると間もなく若くして村長に選ばれ、

先住民の権利拡充を求めて日々奔走する。そんな彼のもとに一通の手紙が届く。

ペルー政府文化省からの出頭依頼だった。応じた彼に託されたミッションは、

「イゾラド」、つまり「文明社会と接触したことがないか、あっても偶発的なものに

限る先住民」だった。政府の立てた巨大な赤看板が注意を促す。

〈イゾラド 出現注意!〉

 ここ数年、目撃情報が急増し、凶行による死者も既に出ていた。

「イゾラドと信頼関係を築くのは並大抵のことではない。気の遠くなるような

時間がかかる。対応する者には、粘りと情熱が不可欠だ。……イゾラドと

言語が近い部族の中から優秀な人材を見つけて育てていくのが一番いい」。

 そうして白羽の矢が立ったのがロメウだった。

 詳細を告げられたロメオの脳裏を集落の口伝がかすめる。

「黒い黄金」ゴムを求めて、銃を手にアマゾンへと乗り込んだ西洋の略奪者が

かつてあった。屈従を余儀なくされたイネは反旗を翻す。奴隷主を撲殺したのだ。

そして彼らは追跡者を振り切るべくエクソダスに入り、やがて故郷へ戻る。

 もっとも「生き残った者たちが伝えたかったのは、そんな武勇伝や逃避行の

物語ではなかった。……森を逃げ切ることができたのは全員ではなかった、

森には未だ仲間が残っている、ということだった」。

 イゾラドがもし、あの日森で別れた仲間、「ノモレ」だったとしたら――

 

 筆者のテキスト『ヤノマミ』は既に読んでいた。「イゾラド」についても、

話だけは知っていた。先住民をめぐるドキュメントと決め込んで読みはじめて

しばらく、本書の異質性に気づく。

 筆者の痕跡が消されている。

 ノンフィクションの作法としてはそう珍しいことではない。ただし、対象が

文明の外側より来たる者となれば話は違う。未知なる存在を観察する主体が

対象に向き合う異邦人としてどうしても立ち現れざるを得ない。

 この消失現象を可能にした装置が二つある。一つは、文明とイゾラドを媒介する

メディアとしての悩めるロメウ。そしてもう一つはエクリチュールという作法。

「先住民の多くは、数十キロ先の音でも聞き取り、聞き分ける」。

「森と川の民族」として、その音のことごとくを彼らは知る。知らない音が聞こえて

来れば、あるいは声も立てずに近づいて来れば、それらは彼らにとって「敵」を

証する。彼らの固有性は、カメラやレコーダーという文明に捉えられる瞬間に

壊れてしまう。だから本書の伝える何か――レヴィ=ストロースを引くまでもなく、

おそらくそれは事実としては既に喪失済みの何か――は、VTRによっては

成り立たない。「ノモレ」を「ノモレ」たらしめる耳と口のみがそれを可能にする。

その身体性を伝達、再生するには話すか、さもなくば書くか。

 足りぬ余白を想像が埋めて、テキストは時に事実を超えて真実を媒介する。

 

 ロメウと彼らの最後の接触。

「ノモレ」との呼びかけを受けて姿を見せた彼らにバナナを贈り、何気ない雑談を

交わす。そんな平穏を壊したのは、彼らの知らない音だった。観光船が川を上る、

エンジンの轟音だった。先住民を見つけたツーリストは一斉にスマホやデジカメの

シャッターを切る。大きな石を両手に構えた男がロメウに問う。

 ――なぜ、お前たちは大きな音を立てるのか。

 ――なぜ、お前たちはやって来るのか。

 ロメウにできるのは、ただ沈黙することだけだった。

 だから「私」は「私」として語るべき声を本書に持てない。

 そして彼らは森深くへと姿を消した。

スポンサーサイト

  • 2019.05.31 Friday
  • 20:06
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック