時をかける少女

  • 2019.05.06 Monday
  • 20:55

 夕暮れ時の多摩川の散歩道、日課の歩行訓練のため息子に寄り添う「私」の前に

木守有が姿を現す。「少年がいちばん美しかった面影を残して青年になっている」、

そんな駒場のアイコンはその後映画プロデューサーとなり「私」のもとに「M計画」を

持ち込み、それから三十年、老境にして再会を果たす。

M計画」、すなわちH.v.クライスト『ミヒャエル・コールハースの運命』の映画化、

中世は神聖ローマ帝国のラントにて、腐敗を極めた領主へのミヒャエルの憤激は、

妻リースベトの死をもって怒髪天を衝き、ついに蜂起を決意する。脚本を任された

「私」によぎるは、幕末の郷里の森の一揆の記憶、戦後まもなく「私」の母は伝承を

芝居に仕立て、その剣幕をもって村人をカタルシスへと誘い、ただし幼い「私」は

「口説き」を知らない。主演女優はサクラ、「私」にとっての「白い寛衣の少女」、

高校時代「アナベル・リイ映画」でまみえた忘れ得ぬ「永遠の処女」。

 そして「M計画」はあるスキャンダルをもって空中分解を余儀なくされる。

 

「もしあなたが死んでも、私がもう一度、産んであげるから、大丈夫。」

 かつて同じフレーズを大江の出演するラジオで聞いたことがあった。

『取り替え子』におけるM.センダック、『懐かしい年への手紙』におけるダンテ、

『水死』における『金枝篇』、本作ならばE.A.ポーやクライストやM.ラウリー、

そこに森の言い伝えを反響させる。

「永遠にこれをやっている、これをやっている瞬間、永遠の時を生きている」。

 いつものことがいつものことであれたならば、むしろどれほど幸福なことだろう。

執拗に塗り重ねた行間から不意に「永遠」が漏れ出す、それは雲を掴むように、

種をどれだけ明かせども、「もう一度」の不可能性を逆説的に暴露する。

「気分にだけ恐さがいつまでも残る夢の、全体はいつも消えてしまう出来事が、

私の本当に経験したものか、空想したことか、その空想だってあれだけいろいろ

夢を復元してみての、なんでもないチッポケな成果があるにすぎない」。

 手を変え品を変え試みられる「復元」の、ただし「復元」されぬこと、

悲劇の記憶が文学的想像をもって寸分違わず「復元」されるとしたら――

それを人は奇跡と呼ぶ、既にたどった軌跡ではなく。

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  • 2019.05.31 Friday
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