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  • 2020.05.10 Sunday

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    「詩は絵のように」

    • 2019.05.31 Friday
    • 22:21

     記憶術の「核心をここでごく単純化して述べれば、心の中に仮想の建物を建て

    (=器の準備)、そこに情報をヴィジュアル化して順序よく配置したうえで(=情報の

    インプット)、それらの空間を瞑想によって巡回してゆく(=取り出し)――たった

    これだけである。……さて、西欧における記憶術の歴史を大まかにまとめると、

    次のように整理できる。/紙の調達が不自由だった古代世界において、主に長大な

    弁論を暗唱するために開発された素朴な記憶術は、中世にはやや下火になりつつも

    キリスト教の影響をうけて独自の変容を遂げる。やがてルネサンスあるいは初期近代

    15~17世紀初頭)と呼ばれる時代に華麗な復活を遂げたが、そのあと忽然と

    姿を消す。本書が主なターゲットとするのは、ルネサンス期に絢爛と咲き誇った

    記憶術の知られざる歴史である」。

     

     本人に言わせれば、「今や、我が言葉は/私が記憶しているわずかなものを

    表すのにさえ、/乳首を舌で舐めて濡らす幼児の言葉より至らぬだろう」。

    ただし歴史は、このルネサンスの到来を告げた巨匠が、ホラティウスの言、「詩は

    絵のように」を体現したことへの称賛を絶やすことを知らない。地獄にはじまり、

    煉獄を経て、天国へと至る、『神曲』の鮮烈なイメージの伝播を例証する存在の

    最たるひとりにコスマ・ロッセッリなる神学者がいる。この人物、記憶を収納する

    「仮想の建物」(ロクス)としてなんとかの詩聖の世界を取り込んでしまったのだ。

     そもそもキリスト教の教義において、地獄とは無秩序の換言に他ならなかった。

    しかし、『人工記憶の宝庫』において世界観は一掃される。イメージを配置するに

    その背景たるロクスが秩序立たねば、どうして記憶の混沌が避けられようか。

    ロッセッリが参照したのは『神曲』だけではない。アリストテレス、聖トマス――

    ロクスはそのことごとくが典拠を持った。テキストがイメージ化を通じて忘却に抗う、

    いみじくも彼のロクスそれ自体が記憶術の集大成をなしていた。

     古典を重ねたその先で、何もかもが記憶を通じて統一された。それはあるいは、

    かのダンテ・アリギエーリでさえもまみえることはなかったかもしれない世界。

     

     イメージから記憶へ、そして、記憶からイメージへ。

     本書の持つ豊穣は、この還元作業の孕むインフレーションの蜃気楼でしか

    ないのかもしれない。たとえ叙述が記憶術の範疇を逸脱していたとしても、

    それは何ら問題にはならない。なぜなら、すべてことばは記憶へと返るから。

    記憶について論じることがすべて論じることへと展開しようとも、それを飛躍とは

    呼ばない。サルは現実を生きる、ヒトは空想を語る――イメージの中を住まうこと、

    それ自体がヒトのヒトたる所以なのだから。

     奇しくもimageの語源を遡ればimitationと同じ。文字通りに平板、一枚の

    タッチパネルをもって一切が表示可能な現実に正視に堪えるものなどない。

    だから人は記憶を通じて似姿の世界を漂う。何もそのイメージの壮大を語るに

    ボルヘスよろしくバベルの図書館を構想せずともこと足りる。

     筆者に倣い『三四郎』より引用する。上京する車中での一コマ。

     

      すると男が、こう云った。

      「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、

      三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

      「日本より頭の中の方が広いでしょう」

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