慰めの報酬

  • 2019.07.10 Wednesday
  • 21:35
評価:
ナターシャ・ダウ・シュール
青土社
¥ 3,024
(2018-06-25)

 映画で描かれるカジノ・シーンの定番といえば、タキシードをまとった顧客が

手練れのディーラーを相手に、美人従業員の運んでくるカクテルに舌鼓を打ちながら、

ブラック・ジャックやバカラに興じ、子どものように一喜一憂する、そんなところか。

 しかし、そんな牧歌的な風景はとうにカジノの片隅へと追いやられ、花形の座は

スロット・マシンへと明け渡された。今や業界収益の8割以上をマシンが稼ぎ出す。

 ミイラ取りがミイラに。ラスヴェガスの観光地化の雇用を求めて流入した人口は、

いつしかマシンの「リピート・プレイヤー」と化した。ミシュランの星をどれだけ

かき集めても、売上においてマクドナルド一社にすらかなわぬように、一時の余暇で

カード賭博に勤しむに過ぎない富裕層のレジャー客を彼らはたちまち駆逐した。

そして口を揃えて言う。

「私は勝とうとしてプレイしてるんじゃないんです……プレイしつづけるため――

ほかのいっさいがどうでもよくなるハマった状態、〈マシン・ゾーン〉にいつづけるため」、

彼らはマシンにのめり込む。彼らは決して賭け金を取り戻すことを目的とはしない。

商取引の一様式、彼らは金で〈ゾーン〉を買う、たとえ末路に破綻が待とうとも。

 

「本書は、〈マシン・ゾーン〉の探検に乗り出す。〈ゾーン〉が出現する場所として、

あるいは〈ゾーン〉が逃避を求める場所としての、物質的、社会的、政治経済的

環境という、より広い世界の探検に乗り出すのだ。構造的戦略、テクノロジーの能力、

感情的状態、文化的価値観、人生経験、治療技術、規制の進め方といったものが、

どんな動的回路となって、ギャンブラーが自制心を失いギャンブル産業が利益を

得ようとする中間地帯を生むような状況をつくっているのか?」。

 

「自然が私たちに与えた配線は、コンピューター・ゲームの装置を予測していな」い、

マシンのもたらす相互作用、依存メカニズムが本書の主題の一つである以上、

ある種の誤読とは知りつつも、以下のような断言をためらわせるものは何もない。

 仮にマシンやパチンコを奪ったところで、人々が向かう先はソシャゲか、ドラッグか、

アルコールか、宗教か――いずれにせよ、〈ゾーン〉への渇望が衰えることはない。

本書がギャンブル依存症をめぐる覚え書きを超えて、忘我を求めずにはいられない

歴史の終焉をめぐる病理に関するテキストである点に疑いの余地はない。

 

「ラスヴェガスはアメリカの鏡なのか手本なのかという議論につきまとうのは、

ラスヴェガスを人間の創意と高度テクノロジーによって姿を変えていく驚異の

街と見るか、それとも消費者資本主義のディストピアと見るかという問題だ」。

 その設計には人間工学の粋が具現化される。

「途切れることなく続く曲線状の通路以上に重要なものはない」。

「カジノの客は『直角に曲がることを嫌う』……なぜなら『歩くスピードを落として、

スロットマシンがある通路へ直角に曲がるには覚悟が必要』だからだ」。

 そもそも「カーブはカジノの敷地の外から始まっていなければならない。

……あるカジノでは、エントランスに続く通路の曲がり角を直角からわずかに

曲線上にしただけで、……入ってくる歩行者の割合は、それまでの3分の1から

3分の2近くまで跳ね上がった」。

 この原理はそのまま最先端のショッピングモールに適応される。

「プレイヤーには、“人間として可能な限り長く”マシンの前にいてもらう、それが

彼らを負けさせる秘訣です……重要なのは、彼らをシートに座らせ、そこに

釘付けにすることです……だから私は、お客の快適さを第一に考えています」。

 だから例えば照明や仕切り、BGMなどのデザインを通じて、「プレイヤーを

外界と隔絶することで『プレイヤーは気が散ることなく、自分だけのゲーム環境に

どっぷり浸れる』」。翻って解放感を強調すれば、回転率は自ずと高まる。

 この設計思想が例えばフード・マーケティングと軌を一にしないはずがない。

 

「『知識は力であり、それがどこよりも顕著なのは、ギャンブル業界ではないだろうか』

……数々の革新的な調査やマーケティングがまずカジノで活用され、あとになってから

ほかの領域にも取り入れられていった――空港、金融取引立会場、ショッピングモール、

保険代理店、銀行、国土安全保障のような政策などに」。

 ビッグ・データの生み出す〈ゾーン〉が、さらなる〈ゾーン〉への逃避欲求を煽る。

いみじくも「リピート・プレイヤー」が〈ゾーン〉を望むのは、リピート可能な世界が

直視に堪えないからにほかならない。リアルなど、既存のデータセットを通じて

量産可能な商品に過ぎない、そんなあからさまなファクトに基づく、モノからコトへ、

体験型マーケティングの終着点、再帰性の終着点は至るべくして〈ゾーン〉に至る。

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  • 2019.09.27 Friday
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