「少しでもまし」な生活が最高の復讐である

  • 2019.07.19 Friday
  • 21:37

「ハンセン病者が隔離政策の『被害者』として位置づけられたことは、きわめて重要な

社会的意義をもっていた。だからこそ、聞き取り調査を始めた頃の私自身もまた、

ハンセン病者の経験を『加害/被害』あるいは『差別/被差別』の構図のなかに

位置づけて理解しようとしていた。かれらの受難と孤独に寄り添いたいと思うがゆえに、

そして支援者という当時のみずからの立場ゆえに、この構図はよりいっそう動かしがたい

ものとして私のなかにあった。しかし、この構図へのとらわれはときに、多様な情動と

記憶が想起されるはずの会話の場を、かなり不自由なものにしてしまう。それだけでなく、

被差別や受苦の経験とは位相を異にする出来事の連なりを、みえなくしてしまう」。

 

 映画『この世界の片隅に』の一コマ。絵の好きなヒロインが風景をスケッチしていると、

憲兵に呼び止められてスパイの嫌疑をかけられる。強権的な全体主義像の素描として

旧来の戦争物語ならばまとめられていただろうシーンの換骨奪胎がここに図られる。

彼女を少しでも知っていれば、これほど滑稽な話はない。たちまち笑いが生まれる。

 服従でもなく、抵抗でもなく。人々が束の間見出した「自由」がそこにあった。

 

 本書にそんな記憶がオーバーラップする。

 彼らハンセン病者が見出した自由の軌跡をいくつか拾う。

 

「療養所のなかには働くことが可能な者と不可能な者がおり、双方のあいだには

『貧富の差』と表現されるような生活水準の格差が生じていた。……取り残された

若者たちは、現金収入が得ることができないこと、『外の社会』への回路をもたない

こと、この二つの要因によって『みじめ』な社会的位置に留め置かれていた」。

 ここで持たざる者が知恵を絞り、療養所に無免許の酒屋を開くことをひらめく。

見た目に病の症状の軽微な者が外部への仕入れの交渉にあたる。体調のよい者が

所内の配達や空き瓶の回収を担った。体調がすぐれなければ、店番と計算に回る。

「かれらは低体力のため、一般社会で要請されるような労働規律に従うこと、つまり

雇用主によって定められた労働量を毎日こなすということは困難だった。しかし、日々の

体調に応じて自分の仕事内容を選ぶことができれば、働くことも可能になる。……

こうして、療養所外での労働が不可能な人に対しても、現金収入を得ることが可能に

なる道が開かれた。だがかれらにとって同時に、あるいはそれ以上に重要だったのは、

療養所内でみずからの身体上の制約と折り合いをつけつつ仕事をする場所を、

自律的に生み出し維持してきたことそれ自体であった」。

 

 飲むと来たら、次は打つ。彼らは自ら相撲賭博を開いた。勝敗予想の的中者に

払い戻し、差し引いた手数料を賃金に回す。「賭博という遊戯は、誰もが日常的に

参加できるという意味において、多くの人に開かれたものとして存在していた。

もちろん、飲酒や賭博によって得られる快楽は一時的なものでしかないし、一般的な

感覚からみれば、これらは決して健全な娯楽と呼べる類のものではないかもしれない。

しかし、すべてを奪われた経験の痛みを少しでも癒すため、そして、単調な日々に

少しでも彩りを添えるため、かれらは賭けの場を必要とし続けた。……刹那の希望と

心の躍動、それがたとえ一時的なものであれ、その瞬間をつなぎあわせていくことに

よって、重苦しく単調な日々をどうにかやりすごしてきたのである」。

 

「支配/被支配」の軛をひとまず括弧に入れて、「いま‐ここ」の「刹那」を享受する。

そして再びその括弧を戻す。ほとんどの場合、「刹那」は黙認とみなされる。

 ここに歴史の皮肉と痛々しさがある。

スポンサーサイト

  • 2019.08.18 Sunday
  • 21:37
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック