「わたしは天と地の一切の権能を授かっている」

  • 2019.08.09 Friday
  • 22:08

「本書は、純粋な技術史・建築史の研究でもなければ、フィクションのテクストから

『エレベーターというモチーフ』を抽出する文学研究でもない。むしろ、小説や

戯曲だけでなく、法令、建築・工学論文、医学論文や衛生ハンドブックなど、

さまざまなテクストに基づいて、特定の時代において何が建築物の『イメージの

秩序』とみなされるのかを明らかにする。19世紀から20世紀への世紀転換期に、

多層住宅やオフィスビルに対する人々の集合的イメージはどのように変化したの

だろうか? 技術的な装置であるエレベーターは、建物内部の出来事や、

空間と人の分配についての言説にどのような影響を与えたのだろうか?

ミシェル・フーコーに倣って、この無謀な企てを、エレベーターに関して建築について

語られたこと(言表)の『考古学』と呼ぶことができるかもしれない」。

 

 カフカ『審判』の「建築秩序の中で非常に困惑させられる特徴のひとつに、

屋根裏の事務局がまったく驚くべき場所とつながっていることがある。登場人物の

構成が一望できない」。現今の常識に照らせば、上層階へと近づくほどに権力機構の

中枢、伏魔殿が広がる図を想定しつつ、小説を読み解いていく誘惑に駆られる。

 しかし作家が仮託した意図はおそらく違う。ベルリンの衛生当局のまとめた統計が

その事実を示唆する。曰く、住人の「死亡率が最も低いのは主要階である二階で、

……そこから上下に行くにつれて死亡率は増加する」、言い換えれば、「地上階や、

12階上の住居は普通で、半地下住居と5階以上にある住居は普通ではない」。

 つまり、彼が屋根裏に求めたイメージは「普通ではない」、事務局の立地において

見出されるべきは青天井というよりも、底なし沼。

 

『ラプンツェル』を思い出せば話が早い、天へと延びる塔は社会を隔てられた

孤独な寓居を象徴した。対して現代、その住人は世俗を見下ろす、見下す、

そうして富を吸い上げる。社会的地位や年収を表す形容詞に高いか、低いか、

という語が割り振られることを思えば、誰がこの価値づけに疑問を持つだろう。

ホテル、マンション、オフィス・ビル――いずれをとっても、頂へと向かうほどに

その価格は文字通り上昇する、あるいは高騰する。

 こうした現代的なパラダイムをエレベーターの普及がアシストしただろうことは

想像に難くない。この利器がもたらしたのはヒエラルキーの可視化だけではない。

ボタンひとつで各階に止まる、「それによって多層建築は、それぞれに独立した

平面の連なりへと決定的に変容したのである。エレベーターは垂直性の分割を

生み出した」。かつての階段が担保しただろう連続性はここにおいて分断される。

 

 棲み分けを担保するエレベーターは、ただし縦断という性質を通じて寸刻、

この階級制の無効化を企てる。そして人間は徹底的に抗う。

「都市部での人との交流――多くのつかの間の邂逅――には、知覚に一種の

鎧をまとわせること、つまりコミュニケーションを避ける技術が必要となる」。

かくして「エレベーターボックスは、都市生活の生態学にとっての一種の実験室」を

提供する。行動心理学の先駆けとも呼ぶべきある研究が明かすに、「最初に

乗り込んだ者が、コントロールパネルに近い隅か、奥の片隅を占める。次の者は、

一般に最初の者がいる場所とは対角線上にある隅を取る。三番目と四番目の者が

残りの隅に行き、五番目の者は壁際の真ん中に行く」。

 

 こうした「他人とできるだけ距離を取ろうとする自省の表れ」を剥奪するのが、

フィクションにおいて描かれるエレベーターの故障、閉じ込めシーンである。

「公的な事件統計の値にはまったく現れない」、ただし作家にはやけに好まれる

このシチュエーションに託されるのは「世俗社会の告解室」、その典型が映画

『ユー・ガット・メール』。例によって封じられたアパートメントの住人たちは、

「長い時間が経ち、何もすることがなくなると、次第に落ち着きを失っていく。

結局、彼らは輪になって座り、一人ずつ、この不幸な状況から救い出されたら

自分の人生で何を変えたいと思うかを語り始める。この会話の状況は、ここで

一つには太古の文化モデルを思い起こさせる。それは、死の危険から逃れる

ために語りが生まれるというもので、短編小説の原点にある『千夜一夜物語』や

『デカメロン』においてすでに披露されている。もう一つには、エレベーター内の

儀礼的行為は、まったく文字通り告解を思い起こされるものである。というのも、

中に閉じ込められた人々は一人ずつ順番に、昔の人生の罪の浄化を請い、

救出されたあかつきにはより良く生きることを誓うからである」。

 彼らは一度天へと召され、そしてその後地上に再び降臨する。

 何たる奇跡か、エレベーターに乗るだけで、キリストの復活は追体験できる。

スポンサーサイト

  • 2019.09.27 Friday
  • 22:08
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック