人間の條件

  • 2019.09.05 Thursday
  • 21:34

「羽をもがれるようにして、光と音を失って育つ。3歳で目に異常がみつかり、

4歳で右眼を摘出。9歳で左の視力も失う。……14歳でこんどは右耳が

聞こえなくなり、18歳ですべての音も奪われる。

 無音漆黒の世界にたった一人。地球からひきはがされ、果てしない宇宙に

放り出されたような、孤独と不安にうちのめされる。

 盲ろうになって、一番の苦痛は『見えない、聞こえない』ことそのものでは

なく、『人とコミュニケーションができないこと』だった」。

 

 映像を取り込んでデジタル化して、ビット数に基づいて情報量を比較する。

福島自身の研究によれば、「音声情報は文字情報の2000倍、動画情報は

5万倍……それは、『健常者の状態から全盲の状態』への落差が5万と

2000で『25分の1』なのに対して、『全盲の状態から盲ろう者の状態』への

落差は『2000分の1』なので、この落差は、前者の80倍も大きいことになる」。

 試しに小説から視覚、聴覚の記述を消去した状態を想像してみればいい。

そこには茫漠たる白紙が広がる。

 

 彼の学生生活を支えた全盲の女性が「目が見えないとは、どういうことか」を

かつて語って聞かせたことがあった。

「兄が大学院生のとき焼身自殺をしました。石油を頭からかぶって火をつけて。

身元確認してほしい、と警察に呼ばれ、父親が広島まで出かけた。でも、私には

それができず、確認できないまま受け入れるしかなかった。見えないって、

こういうことなんです」。

 

 5万分の1の世界に孤絶する福島に訪れたターニング・ポイントは、

母が利かせたとっさの機転によるものだった。

 病院に行く時間だというのに母の支度ができていない、声を荒げる息子を

なだめるために、点字のタイプライターになぞらえてメッセージを発信する。

 

  さ と し わ か る か

 

 そして「通じた!……のちに福島、そして盲ろう者の重要な生命線のひとつに

なる『指点字』は、生ゴミのすぐそば、神戸の台所で母と子によって生まれた」。

 

「輝く者は、燃える苦しみに耐えねばならない」。

 盲ろう者のアイコンとして多忙を極めた福島はやがて心身の不調に襲われる。

Goodbye Norma Jean、下った診断は適応障害。

「盲ろうは、命は奪われていないけれど社会から黙殺されてきた。黙殺され、

殺されてきた。実際に自殺した人も何人もいます。これはどこかおかしい。

何かに怒ったということです。……盲ろう者は、内部の戦場体験をしている。

それは、たったいまもです」。

 

 5万分の1の世界の中にあってすら、本書にはほのかな希望が漂う。

その源は「わ か る」ことにある。障害者自立支援法について問われて、

福島は以下のように答えた。

「自立は、おそらく他者の存在がないとありえない概念。……ただ一人生きている

わけではなく、他者がいるから自分もいる。つまり、実は他者がいないと自立はない。

自分だけがただ一人でいるのは、存在していないのと同じなんです」。

 福島が糧とすることばがある。

「しさくは きみの ために ある」――「思索は君のためにある」。

「わ か る」の道は唯一、「しさく」を通じて開かれる。まさかこれが盲ろう者に

固有の話であるはずがない。

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  • 2019.09.15 Sunday
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