スポンサーサイト

  • 2020.05.10 Sunday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -

    ジョーカー

    • 2019.09.12 Thursday
    • 22:13

     まなぶはまねぶ。 

     歴史を学ぶ意義とは、同じことしか起きない世界の退屈さを知ることにある。

     ただしそれは、その枝分かれの先を予知するための技術でもある。

     

    「あの時代、どこもかしこも暗闇だった。慈悲の門はすべて閉ざされ、開かれた扉は

    天にも地にもないように思われた。殺しを行なう者、死んでいくユダヤ人。そのとき

    外の世界は、迫害に加担するか、無関心になるかだった。しかし、わずかながら、

    思いやる勇気をもった人びとがいた。

     この一握りの人たちは、力があったわけでも、後ろ盾があったわけでも、恐怖心が

    なかったわけでもない。それなのになぜ、他の人びとと違うことをしたのか。なぜ、

    危険や苦悩はもとより、死の危険さえかえりみず、人としての道を選んだのか。なぜ、

    自分の命を危険にさらしてまで、ユダヤの子ども一人、母親一人を救おうとしたのか。

     これら一握りの人たちに、われわれは深い尊敬と驚異の念を覚える。そして、数々の

    疑問がわく。なぜ、もっといなかったのか。悪に反対することは、それほど覚悟の要る

    ことだったのか。ほかの人は本当に助けることができなかったのか。組織的、系統的、

    合法的な残虐行為、殺人行為に抵抗して、犠牲者を、たった一人の犠牲者を気遣う

    こともできなかったのか。忘れるまい。犠牲者をもっとも傷つけるのは、抑圧者の

    残虐行為ではなく、傍観者の沈黙だということを」。

     

     この証言録が伝えるメッセージは驚くほど単純だ。

    「そこに、人間らしい人がいなかったら、あなたがその人になりなさい」。

    「人を職業や宗教で判断しないで、人となりで、人間としてどういう人かで、

    判断しなさい」。

    「少なくともここでできることをする、何かする、何か手伝う」。

     そしてただちに理解される、こんなことさえも自明でなくなってしまった時代を、

    本書の復刊を必要とするような時代を、今まさに生きているのだということを。

     黒人が黒人だというだけで白人警官に銃殺される。ムスリームだというだけで

    ローン・ウルフの標的にされる。雇用の調整弁として散々こき使われてきたのに、

    不法入国という絶好の口実をもって親子が引き離される。「10人に1人は要治療」が

    たとえ真実だとしても、そのことが国籍のみを理由に残りの9人を巻き添えにして

    構わないという理由にはならない。当然、国籍は暴行の正当化事由にはならない。

     歴史の相から覗けば明らかに、予兆を告げるカナリアの段階は既に通り過ぎた。

    世界の底が抜けているという事実は、ただし自身がレイシストの列に加わることを

    いかなる仕方においても肯定しない。

    スポンサーサイト

    • 2020.05.10 Sunday
    • 22:13
    • 0
      • -
      • -
      • -
      コメント
      コメントする








          
      この記事のトラックバックURL
      トラックバック