うちのカミさんがね

  • 2019.09.20 Friday
  • 23:27

「食の可動域が広がると、いろいろなものを食べてみたくなる。実際、辺境の地へ

行くと、日本の都市部では考えられないような料理や酒が食卓にのぼる。

『こんなもの、喰うのか』とやっぱり驚くし、『ヤバいんじゃないか』とも思うが、

現地の人たちが食べているのを見ると一緒に食べずにはいられない。食べてしまえば

意外に美味いことが多い。すると、また食の可動域が広がった喜びに包まれる。

 感覚が『ヤバそうだけど食べてみよう』からやがて『ヤバそうだから食べてみよう』に

変わっていく。人間、こうなると歯止めがきかない」。

 

 諸説あるが、親しい間柄で妻を指す「かみさん」の語源は噛み酒に由来する。

ここまで来るとさすがに眉唾だが、何なら「神」の語源も同じ、アルコールを介した

イニシエーションの主催者と解すれば、そう的を外した話でもないのかもしれない。

 そして今なお、そんな神を仰ぎ続ける噛み酒の民がペルー・アマゾンにいる、

そう聞きつけて筆者が村へと辿り着くと――「今どき、口噛みでマサトを造っている

ところはないよ」。衝撃の事実に出くわすも、何とか製法を知る者を紹介される。

かつてならば口噛みは虫歯のない処女の仕事、ただしこの度引き受けたのは

恰幅のよい村長夫人、58歳。

「マッシュ状のイモをまんじゅう程度の塊に丸めると口にぎゅうぎゅう押し込み、

猛烈な勢いでバクバク食べるように噛むのだ。まんべんなく噛み終わったら、

べえっと鍋の中に吐き戻し、次の塊を口に押し込む。テオフィラさんの額に

汗がにじみ、流れ出す。……まんじゅうの塊を崩して、もっと小さな塊を口に入れ、

飲み込む寸前くらいまでくちゃくちゃと音を立てて咀嚼してから吐き出す。

指についたイモのかすも丁寧にペロペロしゃぶってから、ペッと吐く」。

 

 ゴリラも食べる、ラクダも食べる、ヤギ、とは言ってもここで食らうは胃の内容物、

リマのジューススタンドで出てきたのはスムージー、湯がいたヒキガエル入り。

 読者の文脈からすれば、おそらくはただのゲテモノでしかない。だから例えば

東京の空の下で世界で最も臭い缶詰、シュールストレミングを食べました、と

報告されても、それはフード・ポルノの餌付けられ体験レビューといかなる差異も

見出しようがない、悪食のための悪食の域を決して超えない。

 そんなコンテクストを脱臼させるため、旅に出る、そこに本書の価値はある。

 ネパールのある部族では、水牛を丸ごと食らう。リンパ液も脊髄も調理する。

頭は脳を取り除いて丸ごと茹でてほぐして煮凝りにする。彼らにとって水牛は

神への供犠、「神様にあげたものだから全部残さず食べるべきだと考える」。

 先人なる現在の創造主に与えられた環境下で、命をつなぐべく命を食らう、

本書の試みはすなわち、神々を巡る旅に他ならない。

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  • 2019.09.27 Friday
  • 23:27
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