濃厚接触

  • 2020.03.31 Tuesday
  • 20:14

「“売春島”――。三重県志摩市東部の入り組んだ的矢湾に浮かぶ、人口わずか

200人ほどの離島、周囲約7キロの小さな渡鹿野島を、人はそう呼ぶ。島内の

あちこちにパブやスナックを隠れ蓑にした“置屋”と呼ばれる売春斡旋所が立ち並び、

島民全ての生活が売春で成り立っているとされる、現代ニッポンの桃源郷だ。……

島内には、実際に女と対面して選んで遊べる置屋が立ち並ぶ。そして、それ以外の

民宿、ホテル、喫茶店、居酒屋などでも女を紹介してくれるのである。

 だが、それらは客目線の域を出ず、あくまでこの島の表層部分を見聞きしたに

過ぎない。『“売春島”というヤバい島がある』と。

 そして、その“ヤバさ”は、こんな噂から来ているのである。

 

 ・警察や取材者を遠ざけるため、客はみな監視されている

 ・写真や動画を撮ることは許されない

 ・島から泳いで逃げた売春婦がいる

 ・内偵調査に訪れた警察官が、懐柔されて置屋のマスターになった

 ・売春の実態を調べていた女性ライターが失踪した

 

 これらの話は、インターネットや口コミでまことしやかに囁かれているものだ。

いずれもが完全な検証はされていない。

 だが、誰かが創作した小説の中の話でもない。事実、このうちいくつかは実際に

起きた事件が元ネタだ。“売春島”は実在する。しかも、古くからこの島では公然と

売春が行われ、それは今も続いている……本書では、“売春島”が凋落した全貌と、

いまだ知られざる噂の真相を検証していく。それは、この島に魅せられた僕が、

歴史の生き証人たちを訪ね歩きそして、本音で語り合う旅でもあった」

 

 聖のモチーフはすべからく、穢の極致たる性へと収斂する。

 江戸の昔、あるいは以前から、この船着場には「菜売り」という風習があった。

「菜売りはね、小さな天馬船(甲板がない木製の船)に乗って、畑で採れた菜っ葉や

大根などの野菜を船に売りに行くんだよ」。女は水夫を相手に、洗濯などの雑務も

引き受け、そして当然、春をもひさいだ。

 そうして、民俗学にかこつけた大叙事詩を展開することもできたかもしれない。

 あるいは、山師たちの大言壮語を真に受けて、面白おかしく脚色の限りを重ねて、

新たなる都市伝説の舞台に仕立てることもできたかもしれない。

 どうとでも転がせたはずなのに、それにしても跳ねない。本書全体をひたすらに

重苦しさが覆う。束の間の栄華が通り過ぎた後の構造不況に蝕まれた街の空気を

何にも増してこの文体が物語る。

 はっきり言えば、つまらない。何がここまでテキストをつまらなくしているのか、

その一端を元女衒の証言に垣間見る。

「でもな、ほんとに良い島やったよ。良いというのはな、『男のために』と

みんなが同じ目的で来ているやんか。せやから荒んだ気持ちが無いんよ。

私にしても『何で私だけが売春して稼がなアカンの』なんて気持ちは無かった。

みんな和気藹々で、『どんだけ男に貢ごか!』てなもんや」。

 男に夢を見た女たちに男たちが夢を見た、そんな「良い」時代があった。

本書の中心をなす、やがて経営破綻をもって島を追われる元女将は、

いみじくもコンサルを騙る男に吸い尽くされて、そしてすべてを失った。

そんな夢をなくした島を歩いて回れば、むき出しの現実を拾う羽目になる。

斜陽ですらない。買うべきものも、売るべきものも、もはやない。

 そうして島に残るものといえば例えば、競売落札額500万円の物件に

不動産評価額1億数千万円に基づく固定資産課税を催促しても涼しい顔の、

現実を直視する能力すら持たない行政、既得権益の壁。

 筆者が真摯に向き合えばこそ、どうあがいても、つまらない。

 

 浄化を志向した末に、経済が死滅し、何もかもを失う。

「売春島」のその姿、現在進行形の世界に限りなく似る。

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  • 2020.05.10 Sunday
  • 20:14
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