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  • 2020.05.10 Sunday

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    ブリコラージュ

    • 2020.04.08 Wednesday
    • 22:44

    「日本の建築の長い流れの中に短い安土桃山時代を置くと、まず信長により

    国籍不明の天守閣が突発的に出現したこと、次に秀吉の聚楽第で書院造が

    ピークに達したこと、そして利休の茶室が生まれたこと、この三つをもたらした

    時代といっていいだろう。頭の中に三つを同時に思い描くなら、あまりのちがいに

    困惑し、統一性に欠けるメチャクチャな時代と評するしかあるまい。

     もちろん困惑の理由は利休の茶室で、どうして、和漢洋混在の天衝く建物と

    豪華絢爛の大建物と並んで、広さ畳二枚の小屋のような建物が登場するのか。

    利休は、社会的には信長と秀吉の茶頭として和漢洋混在と豪華絢爛の中心に

    いながら、なぜあのような美学を生み出したのか」。

     

     禁欲とはすなわち、欲を知り尽くしそれに一度溺れたもののみに許される業、

    ものより持たざる者においてはそれを禁ずる必要すらない。

    「材料にはじまり構造、技術、平面に至るまで、書院造の到達点を一つずつ

    数えるようにして取り去り、汚し、切り捨てた。そして、代わりに、極端に狭い

    平面の上に、ありあわせの材と構造を素人じみた技術で組み立て、仕上げた」。

     かくして天下人を招く茶室、広さ二畳の待庵は利休の手により完成する。

     本書では、「豪華絢爛」なる時代の徒花として、極小空間は説明されない。

    わび茶の系譜の中で、待庵の成立要件は、いみじくも「豪華絢爛」にこそある。

    「反転は、利休一人では外が真空状態と同じで意味を持たず、秀吉という

    物と力と富の所有者が小さな穴を通して入ってきてくれないと反転の秘儀は

    成立しない。入ってくれば、世俗の物と力と富が茶室という茅屋の内に

    封じ込められ、極小が極大を含み、極小の中に極大もまたあることになる」。

     

    「待庵には、水、火、シェルターの三つがあり、三つしかない」。この「極小が

    極大を揺るがし、極大は変質して新しいスタイル[数寄屋造]が生まれた。

    この日本はむろん世界の建築史上でも極めて珍し」い。

     本書を読むにつれて、逆説的に疑問が芽生える。建築史としての興味深い

    議論が展開されるほどに、そもそもの「茶室」の定義を見失う。待庵からして

    住まいとの差別化、茶に固有の特徴を見出しがたい。ある面でそれを何より

    如実に示すように、「茶道の世界では、作法や茶道具や床の飾りに比べ、

    それらを容れる器としての茶室への関心は薄い。……千家が茶室で使う

    道具を作るため……『千家十職』の制が整っているが、その中に大工職はない」。

    利休の流れを引いているはずの総本山からしてこの始末。極論に走れば、

    公園のベンチに腰かけペットボトルの茶を流し込む、それはもはや緑茶である

    必要すらもなく、ただし、そこに「茶室」の成立を見ていかなる妨げがあろうか。

     

     巻末、磯崎新との対談の中で語る。

    「茶室の本質はやはり仮設。ブリコラージュなんですよ。……そのブリコラージュの

    対極としてあるのが、ヨーロッパでいえば教会、日本で言えば社寺」。

     そもそもの『野生の思考』の議論はある面、藤森の語りを裏切るように

    展開していく。つまり、「教会」や「社寺」の堅牢にも見える論理体系とて、

    その皮をめくってみれば、原住民と同様の、その場その場の帳尻合わせ、

    まさしくブリコラージュなのだ、と。すべて形を持つとは、ブリコラージュの軛に

    服すること、所与の拙い切り貼りでしかあれぬことを「反転」して祝福する。

    「人は一人、天地の間にあり、表現はそこからはじまりそこに帰る」。

     なんたることか、正反合をなぞるように、利休、C.レヴィ=ストロース、藤森は

    奇妙な仕方で「茶室」を超えて、ブリコラージュの「悟り」に交わる。

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