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  • 2020.05.10 Sunday

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    白と黒

    • 2020.04.26 Sunday
    • 19:44

    「私は、裁判をするに当たって、小手先や要領だけで簡単にすまそうとした

    ことはない。裁判結果と自分の処遇とを結びつけて考えたこともない。当然の

    ことではあるが、決断するまでには、『本当にこの結論でよいのか』ととことん

    真剣に考え悩み苦しんできた。その点だけは自信を持って言える。私が

    30件以上の無罪判決をしてそのすべてを確定することができたのは、

    裁判に対するそのような『愚直』『鈍重』で『馬鹿正直』ともいえる姿勢・

    手法の結果ではないかと考えている。当然のことながら、そのような決断を

    するには、周囲との摩擦や軋轢も経験してきた。

     私のような平凡な一人の人間が、刑事裁判という重要かつ困難な仕事の

    上でなにがしかの実績を残すことができたのは、そのような愚直・鈍重な

    やり方故ではなかったかと思う。そして、そうであれば、私が裁判をする上で

    経験した悩みや苦しみ、さらにはその思考の過程を文字に残しておくことは、

    後に続く後輩諸君のために意味のないことではないのかもしれない。また、

    それは、今後裁判員として刑事司法に関与する可能性のある多くの国民に

    とっても参考になるかもしれない。このように考えると、山田さん[本書の聞き手・

    編修の山田隆司]のお申し出は、一つのチャンスであるように思わないではない。

     しかし、私がこの申し出をお受けするまでには、まだ、乗り越えなければならない

    大きな壁があった。なぜなら、そのような考えによってこの申し出をお受けした場合、

    当然、自分のしてきた裁判内容について語ることを求められるだろう。そして、

    そうなると、勢いの赴くところ、裁判官にとってタブーとされる『合議(評議)の

    秘密』に触れることになりはしないか、という危惧があったからである」。

     

     筆者は、判事退官とともに自らの立場を転向したような、そのような類型の

    人物には当たらない。そうした側面を証するには、最高裁調査官として携わった

    『月刊ペン』事件をめぐる、以下の証言を引けば足りるだろう。

    「池田大作さんの女性問題が『公共の利害』の関心外だと言われたら、みんな

    びっくりしますよ。それはもう、常識的に考えておかしい、と私は思うんです」。

     ちなみにこの聞き手、いずれも創価大の教員である。

     

     本書が描き出すのは例えば、判決文に表れることのない刑事裁判の裏側。

    「判決宣告期日の直前になって、検察官が判事室に来ました。そして、『うちの

    検事正が410日付で高松高検の検事長に内定している』『今の検事正に、

    黒星をつけたくない』『だから宣告期日を延ばしてもらいたい』というのです。

    これには驚きました。私たちは、この請求ももちろん認めずに、粛々と予定通り

    判決を言い渡しました」。

    「検事に対し『警察に留置人出入簿を出させるように』と指示したのですが、

    そうしたら、『なぜ、そんなものを出す必要があるのですか』と警察が飛んで

    きます。裁判官室に面会を求めてくるのです。……それは表面的には、

    裁判官に対する強談ではありませんよ。一応、表面的には丁寧な態度です

    けれどね。しかし、魂胆は見え見えです」。

     こうした軋轢の果てにか、筆者は裁判官にも三つの類型がある、と説く。

    「一つは『迷信型』です。つまり、捜査官はウソをつかない、被告人はウソを

    つく、と。頭からそういう考えに凝り固まっていて、そう思いこんでいる人です」。

    「二つめはその対極で『熟慮断行型』です。被告人のためによくよく考えて、

    そして最後は『疑わしきは』の原則に忠実に自分の考えでやる、という人です」。

    「その中間の六割強は『優柔不断・右顧左眄型』です。……『こんな事件でこういう

    判決をしたら物笑いになるのではないか』『警察・検察官から、ひどいことを

    言われるのではないか』『上級審の評判が悪くなるのではないか』などと気にして、

    右顧左眄しているうちに、優柔不断だから決断できなくなって検事のいう通りに

    してしまう」。

     

     しかし、本書は少し別の仕方で「絶望の裁判所」の実相をもあぶり出す。

     やはり最高裁の調査官として「四畳半襖の下張」事件に携わる。検討も

    交わさぬうちに、小法廷のドンから「棄却以外ない」とねじ込まれ、憲法判断の

    場である大法廷へと持ち込むこともできず、結果、「あんなもの、誰が考えても、

    わいせつとして処罰しなければならない事件ではない、と思うのですけど、

    色んなことでがんじがらめになっていて、どうにもなりませんでした」。

     名古屋高裁での事件を回顧しての言。

    「違法は違法だけれども証拠能力はある」。

     読んだ瞬間、凍りつく。そして未だその意味を解せずにいる。

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