「ポスト身分制社会」

  • 2017.04.14 Friday
  • 21:24

「本書は以下の三点を柱に、自由民権運動を見ていく。/第一に、自由民権運動とは、

江戸時代の社会(近世社会)の解体のなかから生まれてきた運動……近世身分社会に

かわる新しい社会を、自分たちの手で作り出そうとする運動なのである。……第二に、

近世社会が終わったのは、戊辰戦争という内戦を通じてであった。だから、近世社会に

かわる社会の構築を目指す自由民権運動は、戊辰戦争に大きく規定されている。……

第三に、明治初めという時代には、近世社会にかわる社会を、どのような手段で、

どのような手続きで、またどのような社会として構想するか、という点について、多様な

考えが存在したということである」。

 

 安部公房の異色作に『榎本武揚』なる小説がある。

 このテキストの中で、榎本もしくは安部は、戊辰戦争が、天皇か、将軍か、いずれの

「父」を選ぶ戦いに過ぎないことを喝破する。彼らが目指すのは、上下規律からの解放、

共に歩む民主主義社会の構築に他ならない。

 

 本書もまた、そうした問題軸をなぞるかのように議論が展開される。

 河野広中を典型に、江戸の崩壊をガラガラボンの大チャンスと捉えた者たちがあった。

すなわち、旧来の身分制度に代わり、論功行賞によって下剋上を期待する、つまり、

顔ぶれと仕組みが多少変わるだけで、上下関係という構造自体は当然に保たれる。

覆すべきはまさにその構造に他ならないことに思い至る民など、そこにはなかった。

「少し想像をたくましくすることを許されるならば、……民権家の訴えを聞いた人びとは、

それを新しい組織に加入すれば武士のような支配者の地位につくことができ、安楽な

暮らしを送ることができるようになる、と受け取ったのではないか」。

 

 終わってみれば、ヨーロッパ近代革命は、上下を規定する権威を血筋や宗教から

金の多寡にすり替えただけだった。

 自由民権運動を頓挫させたものはつまるところ、金だった。

 松方デフレの不況下で、負債にあえぐ農民たちと手を組んで、「民権乞食」と揶揄された

自由党の一部勢力は「最後の手段」に訴えた。

 抽象極まる理念や思想には、結局のところ、共有すべき実態なんてどこにもなくて、

それに比して、利権構造の何と強靭たることか。

 自由党崩壊のトラウマが星亨を明治期の汚職政治の権化、「醜類の首領」たらしめたとの

筆者の見立ては、なるほど鋭い。

 

 例えば現代の中東を思う。フセインなきイラクにおいて、少なからぬ国民が夢見たのは、

自らが被支配から支配へと回り、旧政権の豪奢を味わうこと。理不尽は他人になすりつけて

しまえばいい、かつて自分がそうされたように。上下の解体など、誰も望んでいなかった。

ウサマ・ビン・ラディンの求心力とて、金の他になかった。 

 他人に寄せる信などない。この世の沙汰は金次第。 

スポンサーサイト

  • 2017.08.18 Friday
  • 21:24
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    PR

    calendar

    S M T W T F S
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << August 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM