意識の流れ

  • 2018.03.10 Saturday
  • 22:08

「キャサリン・マンスフィールドの短い生涯は、前のめりになって、強い風の中をよろよろと

歩くような、激しく落ち着きのないものだった。ニュージーランドからロンドン、そして

ヨーロッパ大陸各地を渡り歩き、一つの場所に長く滞まることができず、常に新天地を

求めて、何度も引っ越しを繰り返し、人生の半分を見知らぬ土地のホテルで過ごした。

……マンスフィールドの風のような生き方とその作品は、まさに新しい時代を予告する

『トランペット』だった。彼女が生きた19世紀末から20世紀初頭は、ヴィクトリア朝の堅固な

価値観が崩壊し、自由でモダンな時代へと転換する変革の時代だった。特に女性の意識や

生き方は大きく変わった。マンスフィールドは古い常識や慣習を無視して、『新しい女』として

自由に生き、今まで誰も表現しなかった新しい文学の創造をめざした。……マンスフィールドの

人生と文学は、百年以上の年月が流れ、21世紀の現代になっても少しも古臭くならず、まるで

『同時代人』であるかのように、私たちに語りかけてくる。マンスフィールドはたぶん、百年早く

生まれた現代人だったのだろう。風のように時代を駆け抜けて行ったマンスフィールドの

勇気ある冒険の足跡を辿りながら、彼女が語りかける声に耳を傾けてみよう」。

 

 本書の骨組みは、K. マンスフィールドの生涯を追った伝記。

 ニュージーランドの名士の家に生まれ、やがて留学のため、大英帝国に渡る。さまざまな

男に出会い、愛し愛されるも、性を奔放に謳歌した代償か、梅毒の後遺症で身体を痛め、

わずか34歳にして命を落とす。

 新国版平塚らいてう、とても呼ぶべきか、ただし本書が一介の伝記に終わらないのは

彼女の作風による。つまり、自身の体験をひたすら小説のモチーフに用い続けたために、

期せずしてその辿り直しが文学案内としての色彩を帯びずにはいない。

 

 ところで、本書における重大な疑義は、マンスフィールドが途方もない資質をもった

大作家であるかのごとき前提のもとで書き進められていく点にある。

「プレリュード」について、「明確なプロットをもたず、印象的な場面が意識の流れの手法を

駆使しながら、ゆるやかに展開する」ことをもって、「表現方法においても、それまでの

女性作家には見られない、全く新しい文学、女性モダニスト文学の誕生」と筆者は絶賛を

送るのだが、このアプローチが技巧面においてさして斬新なものとも思えない。この手の

話はしばしばJ. ジョイス――本書にも顔を覗かせる――に絡めて論じられるが、印象派の

絵画をテキスト化したようなこの作法は皆が言うほど20世紀固有の産物なのだろうか。

「マンスフィールドの死後、〔ヴァージニア・〕ウルフが出版した代表的な長編小説のほぼ

すべてに、マンスフィールドの影を見つけ出すことができる」。

 なるほど、筋立て等の類似性についての論証は認めるとしよう。そして筆者はさらに、

先に発表されたマンスフィールドの短編「入り江にて」とウルフの代表作『波』の書き出しが、

果てしなく重複することを指摘するに至るのだが、そのことが皮肉にも、そして残酷にも、

両者の文体的なスキルの違いを告発しているようにしか私には見えない。

 以下にあえてどちらの作品とも明記せずに重引してみる。

 

  Very early morining. The sun was not yet risen, and the whole of Crescent Bay was

  hidden under a white sea-mist...; there were no white dunes covered with reddish grass

  beyond them; there was nothing to mark which was beach and where was the sea.

 

  The sun had not yet risen. The sea was indistinguishable from the sky, except that the sea

  was slight creased as if a cloth had wrinkles in it. Gradually as the sky whitened a dark

  line lay on the horizon dividing the sea from the sky...

 

 読み終えてみれば、過剰な表題にすべてが詰め込まれていたようで。

三位一体

  • 2018.02.15 Thursday
  • 21:56

  「漱石が熊本で死んだら熊本の漱石で、漱石が英国で死んだら英国の漱石である。

  漱石が千駄木で死ねば又千駄木の漱石で終る」。じつはこの書簡を読んだことこそが、

  本書執筆のきっかけであった。漱石は何でこんなことを書いたんだろう、と思ったので

  ある。当時は今よりずっと寿命は短く、死病も多かった。でもなぜ、東京の漱石でなく

  千駄木の漱石なのか。

   期待を担いで洋行しても、かの地で客死するものがあった。兄二人も兄嫁も親友

  たちも次々と結核で死んでいった。その中でよくここまで生き延びたもの、と思ったの

  だろうか。自分は一英語教師に過ぎぬと自覚していたら、この年の初めから『猫』が

  世に出て文名が急に上がった。どういうことだ、これは何なんだ、と漱石自身が

  とまどいつつ、これからの人生を自問自答していたのだろう。

 

 周知の通り、例のイギリス留学を経て帰国した夏目金之助は、東京帝国大学程近くに

寓居を構える。東京市本郷区駒込千駄木町57。奇しくもその物件はかつて森林太郎が

身を寄せた場所でもあった。

 間借りしていた期間は5年に満たない。とはいえ、『吾輩は猫である』も『坊っちゃん』も

『倫敦塔』も『草枕』もこの地で書かれた。後の『道草』もこの頃の体験をもとにする。

 そんな「千駄木の漱石」を、小説や書簡から辿り直す。

 

 それぞれのトピックについてダイジェストを作れば、それはそれはひどく無味乾燥な代物に

仕上がることだろう。新たなる文献を掘り出したわけでもなく、基本的に本書がやっている

ことといえば、既存の各種資料を切り貼りだけ、のはずなのだ。

 ところが、なぜかそうはならない。

 例えば写真という営みが、フレームに収められた被写体をめぐる作業であるかに思わせて、

視線がいつしか反転し、カメラを構える撮影者をめぐる作業へと書き換えられていくように、

本書もまた、見つめられる漱石や千駄木を超えて、漱石を見つめる筆者自身へと主題が

はたと更新されている。『「青鞜」の冒険』のようにあからさまに筆者が顔を覗かせるでもない、

新奇な文体実験を狙う野心がほとばしるでもない、それでいて、読む‐読まれる、の共犯性に

ざわめく独特の境地を形づくる。

 漱石と、筆者と、読者の三角関係。

 思えば、『行人』、『こころ』、『門』……と、トライアングルは漱石の十八番でもあった。

 国民作家の磁場がもたらす必然か、巧まざる巧みにふと愕然とする。

ディープインパクト

  • 2018.02.10 Saturday
  • 21:48

「世界を襲った大洪水は、本当にあったのだろうか。いつ起こり、何が原因だったのだろうか。

語り継がれてきた神話に太古の史実を読み取ろうとする者たちだけでなく、洪水の痕跡を

分析する諸分野の科学者たちを巻き込んだ議論が、特に近年、活況を呈している。実際に

あった局地的洪水、たとえば河川の氾濫のみならず、津波などの記憶が洪水神話のもとに

あるとする古くからの合理的解釈に加えて、1万年以上前、氷河期(最終氷期)の終わりに

伴って融けた氷河の水が海に流れ込んだことが、『世界的な海面上昇=陸地が陥没する

洪水神話』につながったとする解釈も現れ、検証が進んでいる。さらには、彗星や小惑星が

海に衝突して生じた巨大な津波が陸地を襲ったことが洪水神話を生みだしたという説が、

科学者たちによって主張されるようになっているのだ。かつて本当にあったかもしれない

地球の破局の記録として、洪水神話に関心が寄せられているのである。……本書は、

こうした状況の今こそ、文系と理系や、研究者と一般社会の垣根を越えつつ、宗教と

科学、過去と現在・未来とを結びつけ、多くの読者の興味を喚起しうる知的探求として

構想されたものである。洪水神話と、その解釈の諸説とを整理し、検証を試みながら、

大洪水があったか、なかったかという議論だけにとどまらずに、洪水神話がどうやって

生み出されたのか、さらにはどのような意味を帯びて語られ続けていくかといったところ

までも考察を進めていきたい。それは、神話を語る人間と、その人間が暮らし続ける地球に

ついて理解を深めようという試みなのである」。

 

 洪水神話、そう聞けば誰しもがまずは「ノアの箱舟」を想像するだろう。

 確かに、世界にはキリスト教や聖書の影響下で記憶を書き換えられてしまったに違いない

神話も数多存在する。

 だがそれにしても、あまりに目につく。

 なにせ表面積の約7割が水に覆われた惑星に住まう以上、水難被害は避けられない。

普通に考えれば、各地域を襲った洪水の記憶が土着神話に刻印されているのだろう。

 しかし、世の中には、共同体に遍くこれらの洪水神話すべてを束ねる一回性の大洪水が

地球全土を襲った、そんな説を展開する者もいる。

 本書の筆致はシリアスそのもの、紹介される研究とてその大半は実証性溢れる議論、

しかし時にオカルトの匂いを期せずして放つ。

 地層などに刻まれた断片を手がかりに、全体像の修復にかかる。その欠落を埋めるのは

昔も今も想像力の他にない。そしてその証言として、時に神話が持ち出される。

 

 洪水をテーマに地学をかいつまんだテキストとしては、高密度にまとまってはいる。

ただし、良くも悪くもその裏返しとして、豊富な参考文献の切り貼りに終始しただけの

一冊という印象もどこか拭えない。

 そして、その過程で置き去りにされてしまったとしか思えない重要なファクターがある。

「洪水神話」である。

 神話は神話、独自の論理体系下で読み解けばいい、そうした観点が捨象されて専ら

科学を補足するための狂言回しの猿として呼び出されているがために、神話それ自体が

主題化されぬまま閉じてしまっているような感が否めない。

 あるいはそれは実学との接合という強迫観念のせいなのかもしれない。

 結果として、洪水をめぐる地球史としてはともかくも、神話を語り、洪水に服した人類の

「精神史」としては不発に終わっている気がしてならない。

とめはねっ!

  • 2018.01.24 Wednesday
  • 21:59

「漢字には、本来、正しい漢字と間違った漢字がある。そういう漢字を巡る思い込みが

世上に広まっている。そしてその『正しい漢字』を選び、使うことで試験でよい点数を

得られる。そういう風潮が世を覆っている。正しい漢字とは何か? 『本来』という語が

持ち出されることが多いが、それは多くの場合、字の歴史上の任意の一点にすぎない。

また、それが古代である場合には、たいてい現代にそのままの形では当てはめがたい

ものとなる。そしてそれは、調査を通じて突き詰めていけばどこかで誰かが決めたものに

すぎないことがうかがえる。それは学者かもしれないし、政府かもしれない、いや名もない

市井の誰かかもしれない。そういうあやふやな出所を持つ漢字にとっての正しさは、

ほとんどの場合、それぞれの時空において相対的なものにすぎない」。

 

 例えば「筰」なる漢字がある。そもそも中国では、「舟を引くときなどに用いる竹製の

網を指すくらいの意味しかもたない、用途の狭い字だった」。日本においても、過去に

広く普及していたわけでもなく、現代に至っては昭和の名作曲家、山田耕「筰」の他に

ほぼ用例を見ないだろう。そもそも彼の旧名は山田耕作、竹かんむりはなかった。

『康煕字典』にあたり自ら掘り出したのだ、という。そんなレアな字がPCやスマホで

「やまだこうさく」から一発変換できるのも、あるいはディスプレイに表示されるのも、

もとをただせば、JIS漢字に登録されているから。

 もっとも、その認定は「赤とんぼ」や「待ちぼうけ」の名声に由来するものではない。

「椪」「鮴」「嫐」……「筰」に限らず、これらの漢字がJISに組み入れられているのには、

実はある共通のソースがあった。

 

 洋の東西を問わず、とかく標準語的なものの導入には、上意下達を効率的に

推し進めるための官僚機構的な便益が横たわる。

 漢字におけるいわゆる誤字なる発想は、その最たるものなのかもしれない。

 果たして古代中国の難関試験、科挙においてもその「正しさ」は突き詰められる。

とはいえ逆説的にも、その実施の歴史は「正しさ」の揺らぎを反映せずにはいない。

 

 些末なチェックに目を光らせる光景はなるほど不毛かもしれないが、本書を片手に

生徒が漢字テストの是非を教員にねじ込む、そんな光景もまた不毛。

 そんなエネルギーがあるのなら、自らの知性を伸ばすことに仕向けた方がいい。

 気になったら調べてみればいい。漢字でそれを実践すると本書ができる。

想像の共同体

  • 2017.10.22 Sunday
  • 19:30

「国家や社会や状況の判断によって導き出す理解ではなく、自分の身を賭して

共感する人間性こそは、最強の理解となる。……文学という虚構のシステムこそは

この受け皿と成り得るのだ。文学と戦争は抜き差しならないほどの共犯関係を

結んでいる。しかし、それを打ち破っていく可能性も文学にはあるのだ。……〔本書が

取り上げる〕文学的文章に共通するのは、直線的な戦争批判だけではない点だ。

戦争を否定することによって欲望する平和は、時にはその戦争を生み出す原因へと

変貌を遂げてしまうかもしれない。自らが立つ場所への根本的な疑義、あるいは自ら

自身に内在化された『国民化』への疑惑なくして、恒常的に戦争を再生産するこの

システムには対抗できない。その作品一つ一つに描かれた人間という存在への懐疑を

手がかりに、戦争と文学の関係を想像力をよりどころとして再構築したいというのが、

本書を出す最大の理由である。その文学的想像力こそが、今ある思索の困難を照らし

出していくことになるであろう」。

 

 なるほど、「小説案内」としてはあまりに主観性が強すぎる。そうした批判があったとして、

一定の理があることは認められよう。

 しかし、まさにその事態こそが、「戦争をよむ」意義を何よりも雄弁に証する。

 そもそもライティングの機能とは、「想像」のはたらきに従って、描かれているできごとを

わがこととして引き受けさせることにこそある。いみじくもベネディクト・アンダーソンは、

近代型ナショナリズムを指して「想像の共同体」と名指した。そもそも学校で歴史を学ぶ

理由とて、国家を基礎づける「想像」の共有を涵養することに他ならない。ゆえにこそ、

過去の再生産を促す土台として、「想像」は時に戦争装置にもなれるし、あるいは時に

過去の再生産を拒む土台として、「想像」は異なる未来を選び取る装置にもなれる。

 主観的であることは、他者との共感を排除するものではない。

「戦争をよむ」とはすなわち、自らの「想像」を、自らの身体を動員する行為に他ならない。

 だから筆者は己をむき出す。

 

 ボリス・シリュルニクのテキスト『憎むのでもなく、許すのでもなく』に寄せて語る。

 シリュルニクは1937年のフランスに生まれ、そして母国はまもなくナチスに陥落する。

かくしてポーランド系ユダヤ人の両親の間に生を享けた彼は5歳にして孤児となる。

やがて精神科医となった彼にとって、セラピーの過程は「自らのトラウマを癒していく

選択でもあった。……『ユダヤ人』であることを言ってはならないという体験は、他者との

親密な関係を持つことを阻んでいく。……シリュルニクは、自らが凍らせてしまった言葉を

柔らかに溶かしていくことの必要を主張する。そして憎むのでも、許すのでもなく、

理解することの重要性を。ホロコーストという人間の究極の憎しみの表現に出合った

シリュルニクは、憎しみの本質に対峙する勇気と、その人間が持つ善なるものへの探求が

同時に行われることは、決して不可能ではないことを明らかにしたのだ。人間は過去を

消去できない。だからこそ、その悲しみに満ちた過去と折り合い、解決への道を求めて、

理知の力をもって、前に進んでいかなければならないのだ」。