「禁じられた遊び」

  • 2016.10.29 Saturday
  • 19:54

「この本は、意見や推量をもとに書いたものではなく、音楽の音がどのように作り出される

のか、その音と音が組み合わさって曲ができると何が起こるのかという事実にもとづいて

書いたものだ。多くの人が、音楽は芸術だけから成り立つと思っているが、それは正しくない。

論理学の規則や、工学、物理学が基盤になり、音楽の創造性を支えている。過去数千年に

おける音楽と楽器の発展は、芸術と科学が相互に影響を及ぼし合って成し得たものなのだ」。

 

 そもそもオクターブって何、和音って何、といった素朴な基礎知識を分かりやすく

論じる、ということにおいてはとてもよくできたテキストとは思う。

 音量の認知においては単純な1+1=2は成り立たず、「楽器10台の音量は1台の音量の

2倍しかなく、100台の音量は1台の音量のわずか4倍になる」仕組みなんてことを

知覚の生理の観点から説く手腕なども見事。

 

 ただし、こうした邦題の通りの「科学」要素がそこまで押し出されているわけでもない点が

総じてみればいささか物足りない、との感を与えることは否めない。実践知としての音楽の

セオリーを、一風変わった実験を通じて、認知心理学や人間工学等の見地から反証する、という

テイストを期待していた私にとっては肩すかし。

 稀にもそれらしいことをしてくれている、ホ長調は「明るく楽しく活発」といった、調と気分の

関連性をめぐる議論にしても、実験の手法が粗雑に過ぎて、残念ながら検証と言うには程遠い。

そもそもの対照群としての「単純で陽気な曲」と「ドラマティックな曲」をどう選定したのか、

それ自体の定義を問うことこそが実験の意義のはず、と首を傾げてしまう。

 

 そして、隙あらば挟み込まれるイングリッシュ・ジョークはもれなくだだ滑り。「どんなに

小さな声でも、どんなに音痴でも構わない。どのみちわたしには聞こえないのだから」とか、

「アドバイスを実践してリッチになったら、年収の5パーセントを『ジョン・パウエル』宛ての

小切手にして送ってほしい。クレジットカードでもOK」といった具合に。つまらなすぎて

そのハートの強さが面白い、という境地へと達するほどに突き抜けているわけでもない。

 

 オールド・スクールの俗説を覆す、というニュアンスを私が表題から誤読してしまった

だけの話で、ネガティヴな評が長くはなったが、入門書としてはとてもよくできている。

 逆に言えば、それは経験知としての音楽が極めてよく磨き抜かれている、ということの

裏返しなのかもしれない。

「戦いと、そして友情」

  • 2016.10.20 Thursday
  • 22:33

「西洋人との信頼関係は、ある意味、対立の中で培われるものだと思う。……僕は

合奏指揮者として主張するべき時は自分の意見を言う。そうすることで、彼らは逆に

僕という人間が何にこだわり、何を大切にしているかが分かり、僕や合唱団のことを

とても尊重してくれるのだ。だから対立や議論から逃げてはいけない。……何も僕は

この本で、対立を避けて“なあなあ”になってしまおうとする日本人の傾向を正したり、

縦割り社会の硬直性にメスを入れたりしようなどという大それたもくろみを持っている

わけではない。けれども、僕が劇場内の話を誰かにすると、決まって、『三澤さん、

こういう話を是非本にしてくださいよ。日本の組織を変えるヒントを示すためにも!』と

言われる。/そうした言葉に乗せられて。ひとつだけ自惚れて言いたいことがある。

それは、日本人はみんな『いいこ』になりすぎるのではないかということである。

あるいは嫌われるのを恐れすぎると言った方が良いのかも知れない。自分のやりたい

ことは迷わずやればいい。人の目を気にすることはない」。

 

 と、こんな書き出しだけを見れば、よくある成功者による自己陶酔的な啓発書、

経験談を安直に一般化しただけの本か、と思われる向きもあろうが、開いて間もなく

そうした面倒くささとはおよそ対照的なテキストであることが分かる。

 通常、クラシック界のトップと言えば、幼児教育からの純粋培養型が想像されるが、

この三澤氏、はじめてピアノに触れるのは中学生になってから、指揮者を志すのとて

大学に進んでからのこと。履歴ひとつからして、時に笑えるほど、突拍子もない。

 件の「対立」云々をめぐる話にしても、その相手のキャラがいちいち立っているから、

説教臭が絡むことなく、面白いエピソードトークへと昇華される。それはもちろん、

オペラの舞台が完成する裏側を克明に記したガイダンスとしての機能も併せ持つ。

 

 さりとて、実践者だからこそ可能な観察も時に顔をのぞかせる。

 例えばカラヤン、筆者によれば、その技術の要は「アスリートとしてのフォーム」。

 曰く、「直接の指揮技術に関係しているのは水泳……腕の運動は、レガートの

表現をなめらかにする。/また、水の中では自分が起こしたアクションがワンクッション

遅れて返ってくる。これが、指揮者が起こしたアクションとオケの反応との時間差に

慣れる良いエクササイズとなっている」。そして「一方、スキーは……音楽のあらゆる

面でのバランス感覚に大きな影響を与えている。……スキーをする音楽家は、

恐らく誰しもがターンに音楽的フレーズを重ねて考えているだろう。加重や抜重には、

音圧やダイナミズムを重ね合わせるだろう。……彼のフレージングを聴けば、どんな

滑りをしていたのかは手に取るように分かる」。

 ホンマかいな、と少しだけ思う。

 でも、趣味を嗜むということにおける小さからぬ要素のひとつは、あるいは与太話かも

知れぬこうした物語に耳を傾けることでもある。

 

 本書に対して好感がもてるのは、本当に好きなことをやっている人間の強み、文字通りに

音を楽しむことが、テキスト全体で貫徹されている点にある。

 そうした意味での音‐楽を体現した本として、とにかく稀な一冊。